困惑の休日
リュックの中に入っていた俺のための女性用衣類はオーバーサイズのものだった。あえて自分よりも大きめのサイズの服をゆとりを持たせたまま着るのは近年の流行りであるらしい。どんな体格になるのかは女にしてみなければわからないと言っていたし、この服の方が用意しやすかったというのもあるんだろう。可愛らしいスカートでも用意されていれば怖気づいたかもしれないが、これならまだ我慢できる範囲ではある。何もかも余りまくっている元の服を着続けるよりはマシだろうということで渋々用意された女性服へと袖を通したわけだ。
「吸血鬼はたいていのことはできる。人間の性別を変えるなんてこともできる。だが万能じゃない。女に変えた時にどんな体格になるかまでは指定できない。だから下着だけは女になってからじゃないと買えない」
俺も安藤に一度顔を見られている。何をするつもりにせよ姿を変えないといけないというのはわかる。
「女の下着はな、サイズが合ってないと動きにくい」
「それ、経験談?」
「そうだな」
男の時は胸に下着なんてつけていなかったしそれが普通だった。それなのに女になってからは妙に落ち着かない。というよりも痛い。歩く度に胸が揺れて、その衝撃を受け入れきれてない。話によればブラジャーをつけることでだいぶマシになるらしい。できるだけ胸を揺らさずに慎重に歩くせいで随分のんびりとした足取りになったが、全がそれを咎めることはなかった。
ホテルを堂々と正面玄関から出て、向かった先は予想していた通り最寄りのデパートの中に入っている下着屋だった。
入店するなり店員を呼びつけて俺の身体のサイズを測るように頼んだ。採寸はプロに頼んだ方が確実だろう。自分でうまくできる気はしないし、全に測ってもらうのも嫌だ。だからそれに関しては異議はなかった。服の上からメジャーを巻きつけてサイズをいくつか測っていく。それからどんな下着がいいのか希望を聞いて、いくつか見繕ってきてくれる。
正直、何がいいのかなんてわからない。それよりも気になったのはその値段だ。タグについている値段はどれも想像いていた以上に高い。文句も言わずに買ってくれそうだからと高いものばかり持ってきているのかもしれない。そうだとしても、どうすればいいのかわからない。
助けを求めて全を見るが、店員とよくわからない話を繰り広げている。機能性がどうとか、フックがどうとか、伸縮性がどうとか。値段についての話は一切出ないまま、いくつかの下着を上下セットで買うことになったらしい。
「それ、派手じゃない……?」
「女性用下着はたいていこれくらいは派手だ」
「そうなの?」
見えるものでもないので構わないだろうと言われるとそのとおりなので異を唱えはしない。胸だけに下着をつけるというのはどうにも違和感があるが、そのうち慣れるんだろうか。
店員のおすすめと全の独断によって選ばれた下着は流れるようにレジを通り、不透明な袋に詰め込まれる。あまりに無駄がなくすべてが進むので口を挟み損ねた。滞在時間は三十分もなかっただろう。
「ホテルに戻る。買った下着はリュックの中に詰めて見られないようにして帰れ」
「わかった」
リュックは結構な量が詰め込まれていたが、押し込めば下着くらいは追加で入れられるだろう。内密に購入したのなら持ち帰る時も内密にすべきだ。それはわかる。異議はない。だがここでふと疑問が過ぎった。
「まさかずっとこの姿でいろって言うんじゃないよね?」
それは困る。学校だってあるし、女のまま生活するのは不慣れで不便だ。
「ホテルで元に戻す。次に女の姿にするのは追手をどうにかする時だ」
未だに具体的にどうするのかは教えてもらえないままだが、何をするつもりなんだろうか。女になって知られていない顔で近づけるようになったとして、それで何か力になれるとも思えない。こんな姿で何ができるのか。
「ほんとにどうにかなるの」
「なんとかする。吸血鬼はたいていのことはできる。これくらいの問題、なんてことない」
何度か聞いた台詞だ。もしかすると口癖なんだろうか。たいていのことはできるなら人間を一人どうにかするくらい一人でなんとかなるんじゃないのか。そう思いはしたものの、指摘するのはやめておいた。
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