第12話 プロレスってスポーツなんすか?(後編)

 『ドロップキックーーー!!!首元を確実にとらえました!』


 『ジャーマンスープレックスホールド!美しすぎるーー!!!まさに人間橋にんげんきょうです!』


 『ワン!ツー!……2.9で返した!!!』


 

 いいねぇ。

 いいですねぇ。

 リングの上で輝く選手たち、美しい技の数々、目まぐるしい試合展開。

 まさに、芸術。これが「プロレス」なのだ。


 試合の勝敗などは、この圧倒的芸術の前にはどうでもよいことだ。

 それゆえに観客は、試合の勝者はもちろん、敗者に対しても、最大限の賛辞を贈る。

 これだからプロレスは面白い。 


 ところで、僕には姉がいる。大学二年生の姉だ。

 姉は、僕よりずっと愚かであるが、かわいい。客観的に見ても美人だと思う。



 「キミさぁ。ほんとプロレス好きだよね~」

 「うんっ!!」


 正直言ってうれしい。

 姉の口から「プロレス」という言葉を聞くのは。

 そういうわけじゃないのに。全然そういうわけじゃないのに。

 なんだろう、なにか認めてもらってような感じ。

 不思議だ。

 

 そういうわけだから、僕も必要以上に子どもっぽく返してしまったというわけだ。


 「ほら、姉上。この人があの有名なオ〇ダカズチカって人。んで、その対角線の青コーナーに立ってるのが、棚〇弘至。今日の放送は、I〇GPヘビーのタイトルマッチなんだよね。きっといい試合になるよ。これは」

 「ふぅーん」


 オ〇ダカズチカと棚〇弘至の話をするのは、もう何百回目だろうか。

 僕の姉は一向に、この両名の名前すら覚えようとしてくれない。 


 「まあ、僕的には最近のプロレスラーもいいんだけど、昔のプロレスラーも好きなんだよなぁ。特に好きなのは、武〇敬司だね。確かに若いころと違って、だいぶ動きが鈍くなったけどね。もうムーンサルトプレスは跳べないし、フランケンシュタイナーも全盛期ほどは高くジャンプできてないし。まあ、もう58歳だからしょうがないとは思うんだけど。でもね、逆にね。逆にその色褪せた感じがいいんだよねぇ。あとはそうだなぁ。全日ぜんにちの四天王プロレスもいいんだよね。三〇光晴、小〇建太、田〇明、川〇利明、これで四天王ね。まあ、かなり危険な試合が多かったけど、それがね、面白いっていうか。ほんとに命懸けてるんだなって」


 姉はどこか違うところを眺めている、ような気がする。

 なんというか、隣にいる僕じゃない、遠くにいる人たちのことを見ているような……。

 なんだよ。なんだよ。


 「聞いてる?姉上」

 「え?あぁ。うんうん、聞いてる。聞いてるよ」

 「じゃあ今なんの話してた?」

 「あの、あれでしょ?武〇敬司って人の話でしょ?」


 やっぱり。聞いてない。


 「ち・が・う!それはずいぶん前に話したじゃん!今は『食肉の消費と地球温暖化・発展途上国の貧困との相関性』についてだよ!」


 まあそんなわけないけど。


 「あ、あぁ。ごめんごめん。そうだったね」


 ほんとに全然聞いてないじゃないか。

 なんやねん……。


 「うん……。まあ、とにかく、やっぱりプロレスはキングオブスポーツだよねぇ……」


 もういいや。試合観よっと。


 「ねえ」

 「ん?」


 「プロレスってスポーツなの?」


 え?なんて?


 「だって、プロレスって茶番じゃん。キックとかもさ、避けれるのに避けようとしないし、意味のない無駄な動き多いじゃん。だから、プロレスラーってさ、本気で勝ちに行ってないと思うんだよね。それってサッカーとか野球とかと違いますよね?」


 はあ?コイツ……。

 


 *



 その時!

 僕の身体が、灼熱の太陽のように燃え上がる……!

 ゆるさん。この女……、末代まで論破くれるわっ!!!


 「それは、確かにアナタの言うとおりですよ?勝敗とかどうでもいいですからね。それがなにか?」

 「え?」


 おいおいさっきまで勢いはどうした、小娘?


 「なにか勘違いされてると思うんですけど。そもそも、スポーツの目的ってなんですか?」

 「う~ん。それは、やっぱり、人を楽しませたりとか、あと……」

 「そう!そうなんですよね。だとしたら、観客を楽しませるために、わざわざ相手の技を避けようとしないで受けるとか、技を派手に魅せるために無駄な動きをするっていうのは、むしろスポーツとしてあるべき姿なんじゃないですか?」


 そう!そのとおりだ。

 いいぞ僕。がんばれ僕。

 

 「ん、うん……」

 「それに比べて、さっきアナタが言ってたサッカーとか野球って、勝敗なんてもんにこだわるじゃないですか。それって、とりあえず勝つことが一番大事で、ついでに観客を楽しませればいいやっていうことですよね?」


 だからいやなんだよね。サッカーとか野球はさ。


 「うん、まあ、そうなのかなぁ」

 「ってことは、プロレスの方がよっぽどスポーツとしての役割を果たそうとしてますよね?にもかかわらず、サッカーと野球はスポーツだって言って、プロレスはそうじゃないっていうのは、なんなんですか?まるで、頑張ってる人ほど給料が安い不平等社会みたいですよね」


 ふう。すっきり。

 もうプロレスはスポーツじゃないなんて二度と言うんじゃねぇぞ……。

 わかったか!




 でも、まあ、プロレスのことを姉上と話せて楽しかったかな……。

 なーんてね。

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