第11話 プロレスってスポーツなんすか?(前編)

 『ドロップキックーーー!!!首元を確実にとらえました!』


 『ジャーマンスープレックスホールド!美しすぎるーー!!!まさに人間橋にんげんきょうです!』


 『ワン!ツー!……2.9で返した!!!』


 

 つまらん。

 最高につまらん。

 互いに殴り合い、蹴り合い、投げ合う、汗まみれの派手な衣装の筋肉男たち。

 「プロレス」というらしい。


 これの一体なにが面白いというのか。隣で目を輝かせている少年に聞いてみたいものだ。


 ところで、私には弟がいる。小学四年生の弟だ。

 弟は、まあ、そりゃあ、かわいい。かわいい、のだが……。


 そんな弟はこの「プロレス」なるものがお気に入りらしい。

 金曜の夜は、そのかわいい手でリモコンを握りしめ、コレを食い入るように観ている。けっして、私にチャンネル変更権を奪うチャンスを与えようとしないのだ。


 「キミさぁ。ほんとプロレス好きだよね~」

 「うんっ!!」

 

 キラキラ光るまーるい黒目。くいっと上がった口角。白い肌。

 そんな天使が私のことを見上げながら、『うんっ!!』って……。


 かわいい。かわいすぎる。この上ないかわいさ。かわいさに埋もれる。埋もれて窒息死する。天国に行く。天使に出会う。私のことを見上げる。『うんっ!!』。かわいい。かわいすぎる。この上ない……。

 趣味はおっさんだがそんなことはどうでもいい。

 というか、おっさんになってもかわいいんじゃなかろうか。この子は。


 「ほら、あねうえ。この人があの有名なオ〇ダカズチカって人。んで、その対角線の青コーナーに立ってるのが、棚〇弘至。今日の放送は、I〇GPヘビーのタイトルマッチなんだよね。きっといい試合になるよ。これは」

 「ふぅーん」

 「まあ、僕的には最近のプロレスラーもいいんだけど、昔のプロレスラーも好きなんだよなぁ。特に好きなのは、武〇敬司だね。確かに若いころと違って、だいぶ動きが鈍くなったけどね。もうムーンサルトプレスは跳べないし、フランケンシュタイナーも全盛期ほどは高くジャンプできてないし。まあ、もう58歳だからしょうがないとは思うんだけど。でもね、逆にね。逆にその色褪せた感じがいいんだよねぇ……」


 うん、かわいいよ。かわいいけどさ……。

 何言ってんだか全然わかんないよ……。

 一応固有名詞は伏せてるから、読者の方はもっとわからないと思うよ……。


 「聞いてる?あねうえ」

 「え?あぁ。うんうん、聞いてる。聞いてるよ」

 「じゃあ今なんの話してた?」


 えーっと、確か……。


 「あの、あれでしょ?武〇敬司って人の話でしょ?」

 「ち・が・う!それはずいぶん前に話したじゃん!今は『食肉の消費と地球温暖化・発展途上国の貧困との相関性』についてだよ!」


 どないやねん。


 「あ、あぁ。ごめんごめん。そうだったね」

 「うん……。まあ、とにかく、やっぱりプロレスはキングオブスポーツだよねぇ……」


 ん?スポーツ?プロレスが?

 スポーツっていうより、サーカスなんじゃ……。


 *


 その時!

 私に悪魔がささやく……!

 今だ。今こそ日頃の恨みを。このガキを……、論破してやれっ!!!


 「ねえ」

 「ん?」

 「プロレスってスポーツなの?」


 空気が凍った気がしたが、特に気にしない。

 私には、古の悪魔ロンパーンが憑いているから大丈夫だ。


 「だって、プロレスって茶番じゃん。キックとかもさ、避けれるのに避けようとしないし、意味のない無駄な動き多いじゃん。だから、プロレスラーってさ、本気で勝ちに行ってないと思うんだよね。それってサッカーとか野球とかと違いますよね?」

 


 *



 その時!

 弟の目が怪しく光る……!

 ヤバイ。ワタシ……、論破されるっ!!?


 「それは、確かにアナタの言うとおりですよ?勝敗とかどうでもいいですからね。それがなにか?」

 「え?」

 「なにか勘違いされてると思うんですけど。そもそも、スポーツの目的ってなんですか?」

 「う~ん。それは、やっぱり、人を楽しませたりとか、あと……」

 「そう!そうなんですよね。だとしたら、観客を楽しませるために、わざわざ相手の技を避けようとしないで受けるとか、技を派手に魅せるために無駄な動きをするっていうのは、むしろスポーツとしてあるべき姿なんじゃないですか?」

 「ん、うん……」

 「それに比べて、さっきアナタが言ってたサッカーとか野球って、勝敗なんてもんにこだわるじゃないですか。それって、とりあえず勝つことが一番大事で、ついでに観客を楽しませればいいやっていうことですよね?」

 「うん、まあ、そうなのかなぁ」

 「ってことは、プロレスの方がよっぽどスポーツとしての役割を果たそうとしてますよね?にもかかわらず、サッカーと野球はスポーツだって言って、プロレスはそうじゃないっていうのは、なんなんですか?まるで、頑張ってる人ほど給料が安い不平等社会みたいですよね」


 うわあぁぁぁぁぁ!

 私が悪かったよぉぉ!

 かわいくない!かわいくない!

 もうやめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!




 でも、自分がそれだけ本気で好きになれるものがあるのって、ちょっとうらやましいなぁ。

 なーんてね。

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