第10話 ワタシはウマじゃねーよ(後編)

 弟というのは退屈な身分だ。

 上の子と一緒に遊べて楽しそうじゃないか、と思う人がいるかもしれないが、我が家の場合、その上の子とやらは、大学の課題やらテスト勉強やらサークルの飲み会やらと、とにかく御自分のことで忙しいようで、遊べる時間なんかほとんどない。

 まったく、いい御身分ですこと。

 

 ところで、僕には姉がいる。大学二年生の姉だ。

 姉は、僕よりずっと愚かであるが、かわいい。客観的に見ても美人だと思う。


 僕はそんな姉のことをさっきからずっと……、


 ピシン!パシン!

 ぺち……


 叩いている。


 叩くといっても、DVとかじゃないから、誤解しないでほしい。

 一応、力は緩めているし、それに(三週間前の水曜日、姉が僕に買ってくれた)パジャマの袖を使って叩いているから、痛くはないと思う。多分。

 

 それにしても、叩き始めてそろそろ二時間が経つというのに、姉は何も言ってこない。

 死んでるんじゃないか、とか思ったりもしたが、そんなことはなかった。

 不気味なくらいにご機嫌で、自分の友達と連絡したり、SNSをチェックしたり、某人気動画サイトの動画を眺めたりしている。


 なんなんだ。まったく。

 まったく反応してくれない。

 なんだろう、僕のシカトすんのやめってもらっていいすか?


 ピシン!パシン!

 

 無視するな!反応しろ!


 ピシン!パシン!

 

 なんか喋れ!論破させろ!


 ピシン!ペシン!

 ぺち……


 もう!!!


 ピシャァァァン!!!



 あ。


 やば、ちょっと強すぎた? 

 いや、でもそんな痛くないはずだけど。たぶん……。


 うわ、なんか悲しそうな顔になってる……。

 やっぱり、痛かったのかな。


 さすがにこれは謝ったほうがよさそうか……。

 よし。



 「ちょっと!人のことそんなに叩いたりしたらダメでしょ!」

 

 えぇぇ!?

 なんだなんだ、急すぎないか。黒ひげ危機一髪じゃあるまいし。それともなにか?叩いた回数1000回目記念とかか?


 「あのね。それに私はキミのお姉ちゃんなのよ?お姉ちゃんのことそんなに強く叩いたりしたらダメでしょ?」

 

 うわ、今度は急に優しい声になった。

 それになぜか満足そうな表情だ。

 今日の姉は、なんだか不気味だ。


 まあでもいいや。

 やっと喋ってくれたし。


 それじゃ、姉上、一緒にあそぼっ?


 「でも、姉上。僕は姉上のこと、愛情込めて叩いてたんだけど。それでもだめなの?」

 「もう!愛情込めて叩くなんてことあるわけないでしょ!」


 まあ、姉上様ならそう返されますよね~。


 「え、でも、競馬の騎手の人とか、馬のことムチで叩いてるよね?あの人たちは、その馬のことを愛情込めて叩いてるんじゃないの?」

 「お姉ちゃんはウマじゃないですぅ!」

 

 *


 その時!

 僕の脳に電撃が走る……!

 イケる。この女……、論破できるっ!!!


 「それって、アナタ、馬のことを下に見てませんか?僕は、アナタのことはもちろん姉として尊敬してますけど、それと同時に、馬のこともあんな速く走れてすごいなって、アナタと同じくらい尊敬してるんですよね。だから、別にアナタのことを馬と置き換えることは、別に全然問題ないと考えてるんですよね……」


 あぁ……。楽しい、これ。

 やめられなーい。

 

 「それにもかかわらず、アナタは馬と同列に扱われることを嫌がったと。それはとどのつまり、アナタは馬のことを卑下しているって風に理解してもよろしいですよね?」


 ふう。すっきり。


 

 冒頭で散々文句を言ったが、やはり僕は姉の弟でよかったと思う。

 それは……、


 美人だから?かわいいから?

 

 いいや。

 そんな理由じゃない。


 論破しても許してくれるぐらい優しいから。

 

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