第9話 ワタシはウマじゃねーよ(前編)

 姉というのは大変な仕事が非常に多い。

 下の子の面倒を見ること、と一括りに言ってしまえばそれまでだが、我が家の場合、掃除・洗濯・料理、それからお風呂に入れてあげたり(最近は拒否されてばかりだが……)、あとは学校であったことを聞いてあげたり(というより、私から聞いているのだが……)とか、とにかく多種多様の仕事がてんこ盛りなのである。


 ところで、私には弟がいる。小学四年生の弟だ。

 弟は、めちゃくちゃかわいい。

 そりゃそうだ。私にとっては唯一無二の存在だ。

 私は、弟になら何をされても別に構わないのだ。


 あ、そうそう。

 ひとつ大切な仕事を言うのを忘れていた。

 それは……。


 ピシン!パシン!

 ぺち……


 そう。

 弟に叩かれること。

 

 弟はよく、私の肩や背中をパジャマの袖で叩く。

 ただ、弟はまだ小学生だし、パジャマは(私の好みの)ふわふわしていて柔らかい材質のものを着せているから、叩かれても痛くない。

 それに、愛しの弟のすることだ。別に構わない。


 ピシン!ペシン!

 ぺち……


 ピシャァァァン!!!



 え!?


 いや、ちょっと強すぎない? 

 そんなに痛くないから別にいいけどさ。私は。


 でも、学校とかでも、弟がこんな乱暴なことをしちゃったらどうしよう……。


 私は弟を叱るべきなんじゃないだろうか。


 うん。そうだ。

 私が叱るのを怠けて、最終的に損をするのは弟だ。

 だから、これは弟のため。

 がんばれワタシ!

 あんなこと(弟に嫌われる)とかこんなこと(軽蔑される)とかそんなこと(絶縁される)を恐れるな! 



 「ちょっと!人のことそんなに叩いたりしたらダメでしょ!」

 

 あ、ちょっと怯えちゃってるかな。急に大声出したから。

 かわいそうに……。

 

 いやいや。何を考えているんだ私は。

 こんなところでやめたら、それこそ弟に軽蔑されるぞ。


 「あのね。それに私はキミのお姉ちゃんなのよ?お姉ちゃんのことそんなに強く叩いたりしたらダメでしょ?」

 

 うんうん。

 我ながら、初めてにしては上出来じゃないだろうか。

 ピシャッと始めて、ふんわりと締める。メリハリがついていい感じ。


 「でも、あねうえ。僕はあねうえのこと、愛情込めて叩いてたんだけど。それでもだめなの?」


 え?

 やだうれしい。

 そうか。あれは弟なりの愛情表現だっ……


 いやいやいや。

 その手には乗らんぞ。弟よ。

 テキトーな方便を言いおって。小賢しいやつめ。


 「もう!愛情込めて叩くなんてことあるわけないでしょ!」

 「え、でも、競馬の騎手の人とか、馬のことムチで叩いてるよね?あの人たちは、その馬のことを愛情込めて叩いてるんじゃないの?」

 「お姉ちゃんはウマじゃないですぅ!」

 

 *


 その時!

 弟の目が怪しく光る……!

 ヤバイ。ワタシ……、論破されるっ!!!


 「それって、アナタ、馬のことを下に見てませんか?僕は、アナタのことはもちろん姉として尊敬してますけど、それと同時に、馬のこともあんな速く走れてすごいなって、アナタと同じくらい尊敬してるんですよね。だから、別にアナタのことを馬と置き換えることは、別に全然問題ないと考えてるんですよね……」


 あぁ。始まってしまった……。


 「それにもかかわらず、アナタは馬と同列に扱われることを嫌がったと。それはとどのつまり、アナタは馬のことを卑下しているって風に理解してもよろしいですよね?」


 うわあぁぁぁぁぁ!

 かわいくない!かわいくない!

 もうやめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!


 

 私には、もう一つ大事な仕事がある。

 それは……、

 

 弟に論破されることだ。

 

 

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