第7話 むかーしむかし(前編)
「むかーしむかし……」
私は、出来る限り低い声でそう言った。
絵本の読み聞かせというのは、案外体力を使う。
絵本の文字を見ながら、目の前の子どもの様子も注視しなければならないし、なによりこの雰囲気のある声を出すのが異常に疲れる。
まさか、この
ところで、私には弟がいる。五歳の弟だ。
けれど、私はそんな弟のことをまだよく知らない。
私が弟に読んであげているのは『うらしま太郎』。
普通の、一般的に知られているそれだ。「大人の~」とか、「本当は怖い~」みたいなやつではない。
亀を助けて、竜宮城に連れて行かれて、そこのお姫さまにもてなされて、玉手箱渡されて、開けて、結果的に爺さんになる。そんなストーリー。
しかし、『うらしま太郎』を読み聞かせたのは失敗だった。
弟の表情は終始固いままだったのだ。
そっか……。つまんないか……。
姉というものの難しさを思い知らされた。私が今の今まで抱いていたような薄っぺらい憧れなどは、無惨に踏みつぶされてしまった。
それと同時に、弟に対して申し訳ないという思いもこみ上げた。
「ごめん、ごめんね。あんまり面白くなかったね。でも、お姉ちゃん、絵本読み聞かせるの初めてだから……、慣れてなくて」
情けない。
年上としてのプライドゆえか、真正面から謝ることもできない。
私のこんな姿を見て、目の前の少年はどう思うだろうか。
「ねえねえ」
気まずい空気を変えてくれたのは弟だった。
「うん?なに?」
「聞いてもいい?」
「え?うんうん!いいよいいよ!」
私に気を遣って、話しかけてくれたのだろうか。
弟は優しい子なんだなあ。
聞きたいことってなんだろう。
「どうして、最後、お姫さまは太郎をおじいさんにしちゃったの?ひどくない?」
なあんだ。そんなことか。
まあでも、子どもらしい疑問か。
「うん。それはね、太郎が竜宮城で、時間を忘れちゃうぐらい遊んじゃったからだよ」
「でも、楽しいんだったら、それって普通のことなんじゃない?」
ん?まあ確かにそうか。
「それに、そもそも太郎を竜宮城に誘ったのはお姫さまの部下の亀でしょ?しかも、太郎をもてなしたのは、そのお姫さまだし。ってことは、太郎が遊びすぎちゃったのは、竜宮城サイドに責任があるんじゃないですか?」
んん?
部下とか責任とかサイドとか。最近の子は割と難しい言葉を使うのね。
しかも敬語って……。
「で、でも……。あ、ほら!お姫さま、玉手箱を太郎に渡すとき、『絶対に開けないでください』って言ってたじゃない。それなのに、太郎は開けちゃったんだから、おじいさんにされてもしょうがないんじゃないかなあ」
*
んんん?
今弟の目が怪しく光ったような……。
え。ワタシ……、ナニカされるっ?
「いや、それなら初めから渡すなよ(笑)」
なんともまあ、弟の顔の憎たらしいことよ。
こっちはせっかく読んであげたのに。
でも、まあ、確かに弟の言う通りだ。これ以上何も言い返せない。
なるほど、弟はかわいくて、頭が良くて、それに……。
「ふふふ。ははは。キミ面白い子だなあ。お姉ちゃん一本とられたよぉ。ひひひひひ。ふはは」
弟は、終始不思議そうな顔で私を見ていた。
というのが、今から五年前の話。
あの時、弟をきつく叱っておけば、私は今も弟に振り回されることはなかったかもしれない。
でも、たとえタイムマシンであの時へ戻れたとしても私は、弟を叱ったりなんてできないのだろう。
きっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます