第4話 はい、三万円(後編)

 ふう。疲れた。しんどい。

 今日は、朝からずっと姉に使われている。

 彼女に頼まれた買い物が多すぎるのだ。

 しかも、それで僕に渡したのはたったの二千円。これじゃ、お釣りが三円しか出ないではないか。

 

 ところで、既に言ってしまったが、僕には姉がいる。大学二年生の姉だ。

 姉は、僕よりずっと愚かであるが、かわいい。客観的に見ても美人だと思う。


 さて、それにしても今日という今日は許せん。

 あれだけの大量の買い物をさせておきながら、たったの三円しか渡さないとは。

 もし姉が美人じゃなければ絶縁しているところだ。


 「姉上、ただいま。買ってきたよ」

 いかにも子どもらしい声で、いつも僕は姉に話す。


 「おかえり。わあ、ありがとう!」

 絵に描いたような喜び方。

 僕も少しは報われる。


 「あれ?これ私の好きなやつじゃん!今日食べたいと思ってたんだよね~」

 「あ~、やっぱり。姉上こういうの好きかなって思って」

 「え~、うれしい!」


 当然、姉の好きなものは完全に把握している。偶然でもなんでもない。

 そりゃあそうだろう。いくら姉弟とはいえ、赤の他人なんだから、直感で相手の好きなものなどわかるはずがない。

 僕は記憶力がいい方だ。今日買ってきた「冷やしアイスメロンパン」は、二年前、姉が僕に言ってきたやつだ。

 と言っても、姉は覚えていないのだろうが。なんだか、少しみじめだ。


 「ほんとう、ありがとうね。じゃあ、おねえちゃんはやることあるから」


 姉は僕に出て行ってほしいようだ。

 だが、そうは問屋が卸さないぞ。わが姉よ。

 たっぷりと搾り取ってやる。

 

 「うん?なあに?」

 僕の姉は間の抜けた声をしている。かわいそうに。


 「はい、じゃあ三万円ですね」

 「え?」


 姉、固まる。かわいい。

 

 「あ、あの。えーっと。行くときにお金渡したよね。お昼ごはん代と日用品代。あの二千円で足りたでしょ。それに、これじゃ三万円もするわけないと思うんだけど」


 姉、狼狽する。これもかわいい。


 「ああ。ごめんごめん。そうだ既に受け取ってたね。じゃあ、二万八千円ね」

 「その……、二万八千円っていうのは何のお金なのかな?」

 「うん?送料だけど?」

 「送料って…。私たち家族でしょ?家族にそんなお金請求するの?」


 普通の大人なら、ここで適当に札束を数枚握らせるところだが、相手は姉だ。そんな資産力のある女ではない。

 愚かなうえ、彼氏が出来たこともないくせに、金すらないのだ。


 *


 その時!

 僕の脳に電撃が走る……!

 イケる。この女……、論破できるっ!!!


 「でも、アナタ、この前ク〇ネコヤマトの人にも、佐〇急便の人にも送料払ってましたよね?それなのに、なんで僕には?それって……」

 「差別じゃないよ」


 なにっ!?僕の思ってることがわかるのか?

 そんな。僕と姉とは姉弟とはいえ、赤の他人のはずなのに……。


 「いい?その人たちは、お仕事で頑張って運んでくれたの。だから、送料を払うんだよ」

 「なるほど……」


 う~ん。どうするか。

 本当に僕の考えていることがわかるのか?

 それにしてもなんなんだ、その安堵の表情は!

  

 「つまり、ク〇ネコヤマトの人と佐〇急便の人は、真面目に頑張ってるからお金がもらえるけど、僕は不真面目な出来損ないだからお金がもらえないってことですね。よくわかりました」

 「いやいや、違うって。そんなこと言ってないよ。キミもお仕事の人たちも同じぐらい頑張ってくれたよ?」


 よし!かかった!

 なんだ。僕の考えすぎか。

 前言撤回。姉が愚かでよかった。大好き。


 「あ、ってことは、アナタはどこの馬の骨かもわからない赤の他人にはお金払えるけど、家族である僕にはびた一文も払えないと。そういうことですね」


 ふう。すっきり。

 

 お金は一円も取れなかったが、その代わり、とんでもないものを盗み出すことが出来た。

 姉のじそんしんだ。

  






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