第3話 はい、三万円(前編)

 あ~、疲れた。しんどい。

 今日は、朝からずっと脳みそを使っている。

 大学の課題が多すぎるのだ。今日という日まで手を付けてこなかった私も私だが、それはそれとして、とにかく量が多い。


 ところで、私には弟がいる。小学四年生の弟だ。

 弟は、まあ、そりゃあ、かわいい。かわいい、のだが…。


 「ただいまー」

 あ、帰ってきた。弟だ。


 「あねうえ、ただいま。買ってきたよ」

 私は今日、弟におつかいを頼んでいた。今日の昼ごはんとか日用品とか、あと色々。

 弟は二つ返事で行ってきてくれた。なんだかんだで、優しい男なのだ。弟は。


 「おかえり。わあ、ありがとう!」

 私はそう言いながら、弟の買ってきたものを確かめた。弟はしっかり者だから、間違いはないとは思うが、一応だ。


 「あれ?これ私の好きなやつじゃん!今日食べたいと思ってたんだよね~」

 「あ~、やっぱり。あねうえこういうの好きかなって思って」

 「え~、うれしい!」


 私たち、やっぱり姉弟なんだなあ。以心伝心というやつだろうか。

 たまに弟のことを赤の他人だと思うこともあるが、こういうことがあると、彼は私と血を分けた弟なのだと改めて実感させられる。


 「ほんとう、ありがとうね。じゃあ、おねえちゃんはやることあるから」


 弟はその場を動かない。

 ん、なに?もしかして、構ってほしいのかしら?

 もぉ、かわいいやつだなあ。


 「うん?なあに?」

 私は、やさしさ満点のあま~い声で弟に話す。


 「はい、じゃあ三万円ですね」

 「え?」


 初めて聞いた弟の業務的な声に、私は驚き、しばらく声を失っていた。


 「あ、あの。えーっと。行くときにお金渡したよね。お昼ごはん代と日用品代。あの二千円で足りたでしょ。それに、これじゃ三万円もするわけないと思うんだけど」

 これじゃ、まるで私が取り立てられているみたいだ。


 「ああ。ごめんごめん。そうだ既に受け取ってたね。じゃあ、二万八千円ね」


 いや、だからなんでそうなる。

 普通なら、ここで適当に札束を数枚握らせてやればそれでよいのだが、相手は弟だ。そんなはした金になびく男ではない。


 「その……、二万八千円っていうのは何のお金なのかな?」

 「うん?送料だけど?」


 そんなことだろうと思った。

 「送料って……。私たち家族でしょ?家族にそんなお金請求するの?」


 *


 その時!

 弟の目が怪しく光る……!

 ヤバイ。ワタシ……、論破されるっ!!!


 「でも、アナタ、この前ク〇ネコヤマトの人にも、佐〇急便の人にも送料払ってましたよね?」

 アナタとか言い出した……。さっきまで「あねうえ」だったのにぃ……。


 「それなのに、なんで僕には?それって……」

 「差別じゃないよ。いい?その人たちは、お仕事で頑張って運んでくれたの。だから、送料を払うんだよ」

 「なるほど……」


 めずらしくわかってくれたようだ。


 「つまり、ク〇ネコヤマトの人と佐〇急便の人は、真面目に頑張ってるからお金がもらえるけど、僕は不真面目な出来損ないだからお金がもらえないってことですね。よくわかりました」


 前言撤回。


 「いやいや、違うって。そんなこと言ってないよ。キミもお仕事の人たちも同じぐらい頑張ってくれたよ?」

 「あ、ってことは、アナタはどこの馬の骨かもわからない赤の他人にはお金払えるけど、家族である僕にはびた一文も払えないと。そういうことですね」


 うわあぁぁぁぁぁ!

 だからぁぁ!違うんだってぇぇぇ!

 かわいくない!かわいくない!

 






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