第2話 お前、登山家じゃねえだろ(後編)

 こんな日だというのに、僕は疲れ切っていた。

 外は大雨だった。風も強かった。

 こんな日だというのに、僕は遠くのイオンまで歩く羽目になった。

 欲しかったゲームソフトのためとはいえ、我ながら馬鹿なことした。別に明日でもよかったのだ。


 ところで、僕には姉がいる。大学二年生の姉だ。

 姉は、僕よりずっと愚かであるが、かわいい。客観的に見ても美人だと思う。


 さて、お目当てのものは買えたが、なんとなく満足できない。

 この肉体的疲労とこのゲームソフトとでは、とてもじゃないが釣り合わない。

 僕は、姉に絡みに行くことにした。

 子どもなんだから別にいいだろう。

 

 「ねえ、姉上」


 いかにも子どもらしい声で、いつも僕は姉に話す。


 「うん?なあに?」


 僕の姉は間の抜けた声をしている。かわいそうに。

 

 「姉上、褒めてください」

 「え?どうしてかな?」


 んー。どうしようか。

 まあ、あれでいいか。


 「今日、雨風かなり強いでしょ。その中を、たくさん歩いたから」

 「たくさんって、どこまで?」

 「イオンまで」

 「ふ~ん。それはだいぶ歩いたね」

 「だから褒めて」 

 「う~ん。でも何のためにイオンまで歩いて行ったの?こんな土砂降りのなか」

 「そりゃ、欲しいゲームソフトのために決まってるでしょ」

 「な~んだ。自分のために行ったんじゃない。じゃあ、苦労するのは当たり前でしょ。褒められたもんじゃないと思うけどな~?」


 普通の大人なら、ここで適当に僕の頭でも撫でながら、空っぽの言葉を嫌というほど僕に浴びせてくるのだろうが、相手は姉だ。そんな軽い女ではない。

 愚かなうえ、彼氏が出来たこともないくせに、プライドだけは高いのだ。


 

 *

 

 その時!

 僕の脳に電撃が走る……!

 イケる。この女……、論破できるっ!!!


 「じゃあ、聞くけどさ。アナタ、エベレストの登頂に成功した登山家の人たちのこと、すごいって思わないの?」

 「え?それは、凄いなとは思うけど……」


 よし!かかった!

 あーあ。ここで否定しておけばよかったのにね。


 「だよね?その登山家の人たちは、他の誰かのために、エベレストに登るんですか?登らないですよね。じゃあ、僕と一緒なんじゃないですか?」

 「でも、アンタ登山家じゃないじゃん」


 はいはい。そりゃ、そうくるわな。

 

「僕は、自分が登山家だなんて一言も言ってません。僕が言ってるのは、話の内容じゃなくて、構造です。すなわち、自分のために、雨風の強い中、遠くのイオンまで歩いて言って帰ってきた僕と、自分のために、過酷な環境の中、遥か高くにそびえ立つエベレストに登頂した登山家と、何が違うんですかってこと。何も違わないですよね。それなのに、登山家のことは褒めて、僕のことは褒めていないっていうのは、何なんですか?差別してるんですか?」

 

 ふう。すっきり。


 たたたたた。


 逃げた。真っ赤な顔の姉だ。やっぱりかわいい。


 

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