なんだろう、論破すんのやめてもらっていいすか?
源義史
第1話 お前、登山家じゃねえだろ(前編)
こんな日は家で過ごすに限る。
外は大雨。風も強い。
こんな日はミルクティーを飲みながら、読書をするのがよい。
ところで、私には弟がいる。小学四年生の弟だ。
弟は、まあ、そりゃあ、かわいい。かわいい、のだが……。
ダダダダダ。
「ねえ、あねうえ」
現れた。弟だ。まだかわいい。
「うん?なあに?」
私は、やさしさ満点のあま~い声で弟に話す。
「あねうえ、褒めてください」
いや、なんでだよ。
「え?どうしてかな?」
「今日、雨風かなり強いでしょ。その中を、たくさん歩いたから」
「たくさんって、どこまで?」
「イオンまで」
「ふ~ん。それはだいぶ歩いたね」
「だから褒めて」
普通なら、ここで適当に頭でも撫でながら褒めてやればそれでよいのだが、相手は弟だ。そんなものが通用する男ではない。
「う~ん。でも何のためにイオンまで歩いて行ったの?こんな土砂降りのなか」
「そりゃ、欲しいゲームソフトのために決まってるでしょ」
そんなことだろうと思った。
「な~んだ。自分のために行ったんじゃない。じゃあ、苦労するのは当たり前でしょ。褒められたもんじゃないと思うけどな~?」
*
その時!
弟の目が怪しく光る……!
ヤバイ。ワタシ……、論破されるっ!!!
「じゃあ、聞くけどさ。アナタ、エベレストの登頂に成功した登山家の人たちのこと、すごいって思わないの?」
アナタとか言い出した……。さっきまで「あねうえ」だったのにぃ……。
「え?それは、凄いなとは思うけど……」
「だよね?その登山家の人たちは、他の誰かのために、エベレストに登るんですか?登らないですよね。じゃあ、僕と一緒なんじゃないですか?」
ひぃぃぃ。ペラペラとよくわかんないこと言ってる……。
「でも、アンタ登山家じゃないじゃん」
「僕は、自分が登山家だなんて一言も言ってません。僕が言ってるのは、話の内容じゃなくて、構造です。すなわち、自分のために、雨風の強い中、遠くのイオンまで歩いて行って帰ってきた僕と、自分のために、過酷な環境の中、遥か高くにそびえ立つエベレストに登頂した登山家と、何が違うんですかってこと。何も違わないですよね。それなのに、登山家のことは褒めて、僕のことは褒めていないっていうのは、何なんですか?差別してるんですか?」
うわあぁぁぁぁぁ!
かわいくない!かわいくない!
もうやめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
後編へつづく
(後編は同じおはなしを弟視点から描いたものになります)
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