幕間3※ユリアーナ視点

トルデリーゼの策略によって想い人アードリアンと二人きりにされてしまう。

気不味いと感じるのは私が一方的に彼を意識しているからだ。


「ユリアーナ嬢、リーゼ達と何をしていたの?」

「クッキー作りをしていました」


トルデリーゼがベルンハルトに手作りお菓子をプレゼントをするという事でちょっかいをかける為に私も一緒にクッキーを作ったのだ。

料理下手のアレクシアのお世話でちょっかいをかける暇もなかったけどね。


「クッキーか…」

「リアン様は甘い物って好きですか?」


ゲームのアードリアンはあまり好きじゃなかったはず。でも、現実だと好きなのか苦手なのか知らない。

もし好きじゃないと言われたら大人しく自分で食べよう。もしくはトルデリーゼの口に放り込む。


「好きです」


こちらを真っ直ぐ見つめて好きと言うアードリアンに「へっ?」と情けない声を漏らした。

す、好きって甘い物の事よね?

甘い物を好きかと聞いたのだからそれで合っているはず。それなのに妙に含みある視線を浴びせられて動揺が走る。どう答えたら良いのか分からずにいるとアードリアンの表情が柔らかくなっていく。


「って言ったらユリアーナ嬢から貰えますか?」

「えっと…」

「甘い物は好きですよ」


くすくす笑うアードリアン。そこでようやく自分が揶揄われたのだと気が付いた。目の前に本人が居なかったから大きく息を吐いていただろう。

思わせぶりな態度を見せないで欲しい。

可愛らしくラッピングしたクッキーの袋をアードリアンに向かって差し出す。


「貰えるんですか。ありがとうござ…」


受け取ろうとするアードリアンの手からクッキーの袋を遠ざける。

中身が大人として情けないが揶揄われたまま黙っておくような性格じゃない。

行き場のない手を空中に浮かせたまま呆然とするアードリアンにくすりと笑った。


「これは好きな人にあげるので」


目の前に居るんだけどね。

今の揶揄い合う空気なら好きだと言っても冗談として捉えてくれるだろう。

そう思って言ったのに。


「好きな人って誰ですか?」

「え?」

「誰にクッキーをあげるつもりなんですか?」


一瞬で間合いを詰められて壁に押し付けられてしまう。顔の両脇にはアードリアンの長い腕が伸びていて、周りを囲まれてしまっている。

いわゆる壁ドンというものだ。

普通なら好きな人に壁ドンをされたらときめくものだ。しかし私が感じているのは恐怖。

目の前にいるアードリアンがあまりにも怖い顔をしているせいだ。


「あ、あの、リアン様…」

「誰にあげるのか聞いているんだ!」


じ、冗談で言ったのに。

いや、ちゃんと告白する勇気もないのに好きだと伝えたかった狡い自分がいたのだ。


「答えてください」


至近距離で真っ直ぐ見つめられて自然と口が動いた。


「リアン様です」

「え?」

「私が好きなのはリアン様ですよ」


動揺に瞳を揺らすアードリアン。ぴたりと固まる姿に失敗したと思った。

こんな風に告白する予定じゃなかった。そもそも告白するつもりなかったのに。


「あの、今のは…」


冗談です。

そう言おうと思った声は出せなかった。柔らかくて温かな物が口を塞いでいたせいだ。

え?なんで?

頭の中が混乱状態に陥る。

どうしてアードリアンにキスされてるのよ!


「んんっ!」


胸元を叩いてみるが全く離れてくれる気配がない。

私も恋愛経験が少ないのだ。こういった事に慣れていない。

こんな奪われるようなキスは初めてで。どうやって呼吸をしたら良いのか分からず我慢している間に苦しくなって涙が出てきた。

どのくらいキスをしていたのか分からない。

ただ離れた時には全力疾走後と同じくらい呼吸が乱れていた。


「な、なんでこんな……きゃっ!」


今度は抱き締められてしまった。

耳元に熱い息が掛かって擽ったいし、妙に色気のある声が漏れているからドキドキさせられる。

この状況は一体何なのだろうか。


「僕もユリアーナ嬢が好きです」


耳元で囁かれた言葉にぴたりと固まる。

彼は何て言ったのだろうか。

私を好きって聞き間違いよね?

アードリアンが私を好きになる機会はなかったはず。


「ずっと前からユリアーナ嬢が好きなんです」

「じ、冗談ですよね?」

「僕がこんな冗談を言うと本気で思っているのですか?」

「でも、だって……」


信じられない。

アードリアンの一番はいつまで経ってもトルデリーゼだ。妹だから恋愛対象となる事はないだろう。ただ彼女の存在が近くにある以上、彼が他の人を好きになったりはしないはずなのに。


「ユリアーナ嬢こそ僕を好きだと言ったのは冗談だったんじゃないですか?」


確かに冗談として捉えてもらえたら良いと思っていた。でも、それは臆病な自分のせいで。私のアードリアンへの気持ちは本物だ。


「本気ですよ。私だってリアン様の事をずっと好きだったんです、疑わないでください!」

「それなら僕の気持ちも疑うな!」


叫ぶように言われてしまう。

ここまで必死になったアードリアンを見たのは初めてで。彼の気持ちを疑う余地はない。

つ、つまり私達は両想いって事?

衝撃の事実に動揺していると目の前で跪くアードリアンがいた。


「ユリアーナ嬢、どうか僕の婚約者になって頂けませんか?」


差し出された手のひらに置いたのは自分の手じゃなくてクッキーの袋だった。


「まずは恋人からでお願いします」


真っ赤になりながらの返事に「喜んで」と満面の笑みを返された。

これは後でトルデリーゼ達に色々と聞かれそうだ。

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