第30話

「リーゼ様…」


アンネの事を気に掛けた途端に心配そうな表情を浮かべるフィーネ。振り向いて「大丈夫よ」と笑いかける。

今のところ彼女を助けてあげる気はない。

ただ看過出来ない事態に陥った場合、対処するのは生徒会なのだ。事情を知っておくに越した事はない。


「娘が嘘をつく女だと、被害妄想が激しいと教えて頂きました…」


ちらりと子爵の方を見るシェーン伯爵。

どうやら二人は言い合いをしていたわけじゃなさそうだ。アンネの話を知った子爵がシェーン伯爵に教えてあげて怒りに触れたといったところだろう。


「娘は様子がおかしいところが少しだけあります。しかし決して悪い子ではありません」


必死になって娘を庇おうとするシェーン伯爵。優しい父親だと思うけど時には厳しさを持って接して欲しいものだ。


「シェーン伯爵、落ち着いてください。相手はヴァッサァ公爵令嬢です」


その呼び方はあまり好きじゃないがシェーン伯爵を落ち着かせる為に必要なら仕方ない。

彼はヴァッサァの名前を聞いた瞬間、我に返った様子で頭を下げてくる。


「し、失礼しました…」

「いえ。とりあえずアンネ様の件はこちらに預けて頂けますか?」


出来る事ならアンネとは関わりたくない。

しかしこれ以上シェーン伯爵に騒がれるのも困るのだ。


「どうかしましたか?」


私がアンネの件を預かるという事で終わりを迎えようとしていると後ろから落ち着いた男性の声が聞こえた。

普段なら都合良くベルンハルトが現れてくれる場面だけど今日は違ったみたいだ。


「リック先生…」


現れたのはヘンドリックだった。

体育祭だからかジャージ姿という珍しい身なりをしている。

ジャージが存在しているのは乙女ゲームと密接な世界だからって事にしておこう。

王弟の登場にシェーン伯爵達は頭を下げる。


「何があったのですか?」


二人に挨拶を終えるとヘンドリックはこちらを向いて確認をしてくる。

軽く事情を説明すると溜め息を吐かれてしまう。


「リーゼ…いえ、ヴァッサァ公爵令嬢」

「はい」

「早くこの場を収めたい気持ちは分かりますが、君は被害者なのです。君がどうにかするという選択は間違っていますよ」


アンネの事を私がどうにかする選択は正しいと思っていなかったけど。


「アンネ様が悪く言われる原因を作ったのはは私かもしれません」

「違いますよ。アンネ嬢が悪いのです。それは私の耳にも入って来ている事ですよ」


アンネの父親が居る前でハッキリと言う事ではないだろう。

たとえ事実だったしても、だ。

思わず睨むがヘンドリックは気にする素振りも見せず私から視線を逸らす。


「シェーン伯爵」

「は、はい」

「確かにお子様が悪く言われるのは気分が悪いかもしれません。しかし多くの人が居る場で騒ぐのは如何なものかと思います」


正論を叩きつけられてシェーン伯爵は顔を顰めた。その隣にはどうしたら良いのか分からない様子の子爵が立っている。

ヘンドリックは二人を冷たく見下ろすと低い声を出した。


「アンネ嬢が悪く言われている件については私が対処しましょう」

「はい、ありがとうございます…」

「ですが、元々の発端はアンネ嬢であることを忘れないように。しっかりと彼女からも話を聞いてくださいね。判断を見誤らないように」


ど正論ばかりですね。容赦がない人です。

てっきり唯の変な人かと思っていたけど。意外な一面を見せられて彼の印象が変わった。


「ここであった事を黙っていてくださいね。もし誰かに楽しく話してしまったら…」


ヘンドリックは子爵に対して無駄に良い笑顔を向ける。


「わ、分かっております!それでは私は失礼致します!」


真っ青になって逃げて行く子爵を見たヘンドリックはふんっと鼻を鳴らした。

意外と性格悪い?

権力を使わないと騒ぎ立てられた可能性もあったけど最後の鼻鳴らしは要らない気がする。


「シェーン伯爵」

「私もこれで失礼します」


礼をした後、何故か私を睨んでから立ち去るシェーン伯爵。

嫌な予感がします。


「言い過ぎたのでは?」

「何かして来る前に対応しますよ」


言い過ぎた件に関しては否定しないのですね。

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