第33話

「どうしてユリアン君が居るのかしら」


母に私の買い物が終わった事を伝えて貰う為にフィーネが部屋を出て行って瞬間、防音結界を張って小さく嘆く。

前を見ると呆れたような表情をするユリアーナが立っていた。


「気にするところはそこじゃないと思うけど」

「ユリアン君以外に気にするところあった?」

「ラント商会長の態度よ。意味があるにしても明らかに不適切なものだったじゃない」


私とベルンハルトの噂について持ち出した事を言っているのだろう。

あの手の発言はよく言われる。一回一回に過剰反応していては身が持たない。


「そんな事って表情するのやめてくれる?」

「ベルンとの噂については散々言われてきたわ。今更気にするわけじゃない」

「そういう問題じゃなくて」

「今回の件でラント商会長は私の味方になってくれたわ。発言力のある大商会が噂を払拭してくれると思ったらあれくらいの態度は許せるわよ」


人を試すような態度は頂けないが悪い噂の元凶は私だ。

払拭する為なら多少の犠牲は払うべきだろう。だから今回の事を責め立てる事はない。


「それよりもユリアン君よ」

「もう推しの事を気にかけるのはやめなさい。ベルンハルトに言い付けるわよ」

「やめて」


確かにユリアン君を気に掛け過ぎているのは分かっているし、反省もしている。でも、推しが同じ部屋に居るって考えるだけで落ち着かなくなるのは当然。

まるで最低な人間になったような気分だ。


「推しが同じ部屋っていうのはそわそわするけど」

「え?そわそわしていた?」

「完璧なご令嬢様だったわよ」


だったら良いじゃない。

そう言おうとしてしまうあたりが駄目なのだろう。


「ねぇ、まさかベルンハルトへの贈り物を選んでいる最中もユリアンを気に掛けて…」

「居ないわよ。彼の喜ぶ顔を想像しながら選んでいたわ。後は商会長の意図を考えていたくらいよ」


ベルンハルトにはプレゼントの事を内緒している。

少しでも喜んで貰える物を選んだつもりだけど使って貰えなかったらしばらくの間は落ち込むと思う。


「ああ、あのやり手な商会長ね」

「商売上手よね」

「中身が大人だから意図が汲み取れるけど子供だと難しいわよ、あれ」

「自分の意図が汲み取れるか取れないかで贔屓にする顧客を決めているのよ」


これは父から教えて貰った事だ。幼いうちは取り入るような態度を取られていたけど大人になるにつれて試されるようになっていった。

今ではすっかり駆け引きをしている。


「ユリアの事も見ていたし、そのうちフランメ伯爵家にも訪れるかもね」

「最後に私を見て楽しそうにしていた理由はそれね」

「商会長の意図を正しく汲み取っていたからよ」


嫌そうな表情を見せるユリアーナ。

おそらくあの手のタイプは苦手なのだろう。


「前世の頃、嫌いだった上司に似ているのよね」


苦笑する彼女に「なるほど」と声を漏らす。

私の勤めていた会社にも商会長のように仕事出来る人は居ましたね。そして私も苦手だった。


「この後はなるべく目立たないようにするわ」

「それが良いかもね」


会話が終わったところでフィーネが呼びに来てくれる。どうやら母の準備が整ったらしい。

これ以上ユリアン君を気に掛けないようにしようと心に決めて応接室に向かった。

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