第32話

ぎこちなくもしっかりと挨拶をしてくれたユリアン君を眺めているとユリアーナが小さく咳払いをした。

慌てて商会長とユリアン君の隣に移動する。


「あれ?お母様は?」


フィーネに尋ねると「リーゼ様のお買い物が終わってから合流されるそうです」と返事をされる。

ベルンハルトへの贈り物すると教えていたし、おそらく気を遣って貰ったのだろう。

相変わらず優しくて完璧な母親だ。


「トルデリーゼ様のご依頼は万年筆でしたね」

「ええ。急なお願いになってしまって申し訳ございません」

「お気になさらずに。むしろベルンハルト殿下への贈り物を我が商会にご依頼頂けて光栄でございます」


素敵な営業スマイルを見せてくれる商会長に微笑み返す。ユリアン君を見なければ惚ける事がないので彼の存在は助かる。

机に乗せられた高級感のある革張りのアタッシュケース。中身は全て万年筆だった。

流石はやり手の大商会長と言ったところだ。たった数日のうちに良い物を見繕ってくれる。


「ベルンハルト殿下は書類仕事の多い方だと聞いております。長く愛用して頂ける物を取り揃えて参りました」


長く使用出来るというだけじゃない。

銀箔張りの外装とペン先ばかりを持ってきている。おまけに天冠には琥珀が嵌められている。

おそらく銀髪に琥珀色の瞳を持つ私が婚約者に贈り物をする事を配慮しているのだろう。


「どうぞお手に取ってご覧ください」

「そうさせていただきますね。フィーネ」


何も仕込まれていないとは思うが公爵令嬢である私が直接手に取る事は許されていない。

一度フィーネが確かめてからになる。


「リーゼ様、どうぞ」


手に渡された胴軸をじっと見定める。

形はベスト型。パッと見た感じでは分からないが薄らと雪片が刻まれている。氷魔法を受け継ぐヴァッサァ公爵家だからこそのチョイスなのだろう。

買わせる気満々なのがよく伝わってくる。


「保留ね。他の物も見たいわ」

「畏まりました」


結構良いと思ったけど念の為に他の物も見ておいた方が良いだろうとフィーネに声をかけた。




「決めました、胴軸はこちらにします」


約二十個ある胴軸を見た結果、選んだのは一番最初に見たものだった。他の物も結構良かったのだけど最初のインパクトが強かったのだ。

やっぱり一番最初というのは判断基準を作ってしまうのでしょうがない。


「他の外装部分はそちらに合う物を見繕って頂けますか?」

「畏まりました」


やり手の商会長に任せておけば変な物にはならないだろう。結局彼が選んだのは同じく雪の結晶が刻まれた外装達だった。

胴軸に合わせたらそうなりますよね。

おそらく一番高い物だったのだろう。嬉しいという雰囲気が滲み出ていた。商会長ではなくユリアン君からだけど。当然の事だけどやり手は喜びを顧客の前で露わにしない。帰りの馬車で噛み締めるものだろう。


「ペン先は如何なさいますか?」

「そうですね。書きやすい物が良いのですけどお勧めはありますか?」

「それでしたらこちらの四つがお勧めでございます」


商会長が示したのは文字の細さが異なる四つのペン先。それぞれに刻まれているデザインは全て同じ。国鳥とされている鷲だった。

全部購入して欲しいという思いがよく伝わってくる。これもユリアン君からだ。

ただ商会長の方は一つ選んで貰えたら十分なのだろう。外装はヴァッサァ公爵家専用という感じがするがペン先は誰でも選べるデザイン。

公爵令嬢が王太子にプレゼントとして贈ったデザインという謳い文句があれば他の貴族に売れるのだ。


「では、そちらをください」


指定したのはファインミディアムの物。数ヶ月で学園に入学する。ノートを写すなら中細字の方が良いと思っての判断だ。

ちょっと残念そうにするユリアン君と違って商会長は満足そうに笑って頷いた。


「畏まりました。インクは黒でよろしいでしょうか」

「ええ、お願いします」

「他にご要望ございますか?」

「クリップのところにベルン様の名前を刻んで頂けると」

「承知しました」


所持品には名前を、というのは前世の癖だ。

王族の物を盗もうという馬鹿は居ないと思うが彼の物という証はあるに越した事はない。


「一週間以内にご用意致します。お届けはヴァッサァ公爵邸でよろしいでしょうか?」

「構いません」


目が合うと商会長は楽し気に目を緩めた。


「何か?」

「恐れながらベルンハルト殿下とトルデリーゼ様には些か不穏な噂が流れていらっしゃったので仲睦まじそうで安心致しました」


それを私に直接言うあたり勇気がある人だ。

フィーネとユリアン君が商会長に向けて驚いた表情を作った。

しかし彼がこう言ったのは私の反応見たさだろう。真偽がどうなのか確かめる為に聞いたのだ。

それならば私のやる事は一つだけ。


「不穏な噂ですか。私を恨む誰かが流したものなのでしょうね。ですが、ベルン様とは仲良しですよ」


嘘偽りのない笑顔を見せると商会長はまた楽しそうに笑った。


「そうですよね。失礼な事を言ってしまったお詫びに私に出来る事をさせて頂きます」


どうやら私とベルンハルトの噂がでっち上げだったと分かったのだろう。お詫びとして彼との不穏な噂を消す努力をしてくれるはず。

良い人が味方になってくれたものだ。


「お気遣い頂きありがとうございます」


私達の会話の意味を察したのだろうフィーネは納得の表情をしていた。ユリアーナは最初から分かっていたのか無表情を貫いている。

唯一分かっていないユリアン君は戸惑った表情で私と自分の父親の顔を交互に見ていた。

可愛いのでやめて欲しい。


「すみません。私達は一度離席させて頂きますね」

「畏まりました」


彼らも準備があるだろうと応接室を後にした。

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