幕間2※ベルンハルト視点

トルデリーゼから語られる事は全て僕の想像を遥かに超えたものばかりだった。

乙女ゲームのベルンハルトがトルデリーゼを断罪をするという話を聞かされた瞬間、怒りが湧き上がった。

どうやったら婚約者を蔑ろに出来るのだと殺してやりたい気持ちでいっぱいになる。

全てを話し終えたトルデリーゼは憑き物が落ちたようにスッキリした表情になった。身の内に抱えていた物がなくなったからだろう。


「質問しても良い?」

「勿論です」

「リーゼが僕との距離を縮めたくなかったのはその乙女ゲームってやつのせい?」


婚約者になってから八年間トルデリーゼは僕との距離を縮めようとしなかった。

単純に嫌われているだけかと思っていたけど彼女の話を聞く限りはそうと思えないのだ。

尋ねるとトルデリーゼは小さく頷いた。


「そうです…。私は悪役令嬢で、貴方は私を断罪する攻略対象者。相容れない存在だと思ってました」

「そうか…。嫌われてるだけかと思ってたのだけど」

「嫌いになんて…」


ならない。

その言葉は聞こえなかったがおそらく彼女はそう言いたかったのだろう。

僕達が距離を縮められなかったのは全て乙女ゲームが悪かったのだ。

嫌われてなくて良かったと安心する。


「良かった。それでもう一つだけ質問させて」

「えっと、どうぞ…」

「リーゼはこの世界を何だと思ってるの?」

「え…」


トルデリーゼは前世の記憶を取り戻してからずっとゲームの世界に縛られているが僕にとってはこの世界はゲームではない。現実世界なのだ。

そして僕から見れば目の前にいる彼女も現実世界の住民である。


「リーゼ、この世界は現実だ。君の言うゲームの世界じゃない」


僕の言葉を否定するようにトルデリーゼは首を横に振った。

どうして伝わらない。


「でも確かにゲームと似て…」

「ゲームが元になっていたとしても僕達は間違いなくこの現実で生きている」


被せるように言葉を続ける。


「そうですけど…」

「リーゼの言うゲームの登場人物は決められた言葉しか話さないのだろう?でも僕達は違う。自分達で考え決められる心を持っている。好きに話す事や思う事が出来る。この現実で生きている証拠だ」


現実に生きている僕はゲームのベルンハルトとは違う。

好きな人を、世界で一番大切な人を断罪するわけがない。蔑ろにするわけがないのだ。

トルデリーゼを縛っているゲームの存在を消したくて堪らない。

ゲームの屑男と自分を重ね合わせて欲しくない一心で言葉を続けた。


「もうゲームに縛られるな、リーゼ」


トルデリーゼの瞳は一際大きく揺れ動いた。

僕の言葉が響いたのだ。

動揺を続ける彼女をゲームの世界からこの現実世界に連れ戻すにはもう一押しといったところだろう。


「リーゼ、君は目の前にいる僕をどう思う?ゲームと同じ人間に思える?」


同じだと思われたくないし、彼女も思っていないのだろう。

ただ長年ゲームのベルンハルトに縛られている彼女は否定の言葉を言ってくれなかった。

現実を見ても大丈夫だと安心させてあげたい。

震える手を離さないと握り締めて微笑みかける。


「ゲームのベルン様とは違うと思います」


ようやく言ってくれた言葉に安心する。

そうだ、ゲームのベルンハルトと現実の僕は違うのだ。


「じゃあ、今の君は僕の事をどう思っている?教えてくれ」


ゲームのトルデリーゼと現実の彼女も違う。

それを分からせてあげたい気持ちで問いかけた。


「私のベルン様への気持ちはゲームの強制力で出来上がった気持ちかもしれない。話せない…」

「ゲームの僕はトルデリーゼが嫌いだったのだろう?」

「それは…」

「でも、今ここに居る僕はリーゼが好きだし結婚するつもりだ。婚約破棄は考えられない。それってゲームの内容や強制力とか全部否定していると思わない?」


僕の言葉にトルデリーゼはハッとした表情を見せる。

不安に揺れる瞳が真っ直ぐこちらを向いて必死に何かを訴えかけてきた。

ちゃんと声に出して伝えてくれ。

そうすれば君はゲームの世界から解放されるのだから。縛られなくて済むのだから。


「私は…。私はずっと…」


震える声が言葉を紡いでいく。

どんな言葉でも受け止めるつもりだ。

何があっても僕はこの手を離すつもりはない。


「好きです」


ずっと聞きたかった言葉。

嘘偽りのない言葉。

これは目の前にいる現実のトルデリーゼの言葉だ。

彼女の中の何かが決壊した瞬間だった。


「ずっと好きだった…!いつからかは分かりません。でも、きっと、もう何年も貴方が好きで、好きで…。だけど私は悪役令嬢だから、貴方は攻略対象者だから…。好きになっても無駄だと…。好きになってはいけないと、ずっとそう思ってた…。なのに、好きなんです。どうしようもないくらいに…」


トルデリーゼらしくない纏まりのない言葉。

ずっと目を逸らし続けていた気持ちなのだろう。

ぼろぼろと涙が溢れ出していく。こんな風に涙を流す彼女を見るのは初めてだ。

申し訳ないと思いつつ嬉しさで溢れてしまうのはトルデリーゼが本気で自分を好いていると分かったから。

繋がった手が力強く握り締められる。


「私は、貴方と、ベルン様と結婚がしたいです…!ずっとずっと、一緒がいい。離れるなんて嫌。嫌われるのも嫌。婚約破棄なんて絶対に嫌!」


必死に紡がれた言葉に僕は頰を緩ませた。


リーゼ、僕は一生君を離してあげられそうにない。

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