幕間1※ベルンハルト視点

母上主催のお茶会後から三年間トルデリーゼが何を悩んでいたのか全く想像がつかなかった。

最初は僕との婚約についてだと思っていたけど、よく考えたら彼女は八歳の時点で既に覚悟を決めていた。

今更悩むわけがないと考えを打ち切った。

他の事を考えてみても全く分からなかった。だから直接聞く事にしたのだ。


「最近のリーゼはずっと悩んでいるね」

「え…」


僕が聞くと思っていなかったのだろうトルデリーゼは驚いた表情を見せる。

顔を上げた彼女と目が合う。瞳に動揺の色が浮かび上がる。


「最近じゃないか。もう三年くらい悩んでいるように見える」


今までは見て見ぬ振りをしていた。でも、もう我慢の限界なのだ。

トルデリーゼは今更聞かないで欲しいと訴えかけてくるような表情を見せた。


「無理に話して欲しいわけじゃない」

「すみません…」


逃げ道を用意すれば彼女はあっさりと逃げ出した。

そんなに僕は頼りないのか?

もう八歳の子供じゃないのだ。出来る事だって増えた。彼女の力になれるはず。

逃げて欲しくない。


「……ごめん、今の嘘だ」


情けないくらい震えた声が漏れ出た。

僕の言葉に顔を上げたトルデリーゼは酷く動揺しているようだ。次第に悲し気なものに変わっていく。

どうしてそんな顔をするのか?と問いかけて来そうな雰囲気を持っている。


「リーゼ、悩んでいる事を話してくれないか?」


紅茶が淹れられたカップを持っていた手を握り締める。彼女の手をまともに握ったのは三年振りだった。

昔よりもずっと小さく感じる手は少しだけ震えていて、何かに怯えているように感じられる。


「私は…」


話したいのに話せない。

そんな気持ちが伝わってくる。

この機会を逃したら彼女は一生本心を隠し続けるだろう。逃がすわけにはいかないのだ。

トルデリーゼの手を引っ張って自分の方を見つめるように示唆する。


「僕はリーゼの力になりたい」

「ベルン様…」


これから伝える気持ち。

初めての事に緊張で手が震える。


「僕は君が、リーゼが好きだ。君の味方であり続けたい」


初めて『好き』を伝えた。

本当はトルデリーゼから「好き」と言って貰ったら返そうと思っていた言葉。

自分から伝えるのは負けた気分になると思ったから言わなかった言葉。

彼女の本心を引き出せるならつまらない矜持は要らない。

僕の気持ちが伝わったのだろうトルデリーゼは諦めるように息を吐いた。


「全てを話しても私を嫌いにならないですか?」


どうしてそんな事を聞くのだ。

八歳の頃から六年間ずっと僕はトルデリーゼしか見ていない。彼女の事しか好きじゃない。

今更嫌いになるわけがないのに。

トルデリーゼは僕からの言葉を欲しがっている。それならちゃんと伝えてあげよう。


「ベルンハルト・フォン・シュトラールの名に誓って君を嫌いになる事はない」


僕は何があってもトルデリーゼを嫌いにならない。

安心させるように笑いかける。

握った手を優しく握り返してきた彼女は久しぶりに心からの微笑みを見せた。


「分かりました。全てをお話します」

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