第29話
部屋の中に入ると既に国王陛下、王妃殿下、ベルンハルトが待っていた。
貴族図鑑の最初のページに出てくる人達なのだ。顔と名前はよく知っている。
王族を待たせるって不敬罪じゃないのだろうか。
「なぜ既に居るのですか…」
「サプライズだ」
「驚いた?」
陛下と王妃様がへらりと笑った。
サプライズって確かに驚きましたね。
「娘が驚きのあまり真っ青になってます」
その通りなのだけど陛下と王妃様の顔をこちらに向けるような発言はやめて欲しい。
じっと見つめられるが敢えて下を向いた。
王族とは勝手に顔を合わせてはいけない。
よく知らないが父は特別なのだろう。
「トルデリーゼ嬢、顔を上げてくれ」
上げてくれって言われるが実際は上げろって事だ。
吐きそうです。帰りたい。
ふんわりお布団に包まれたい。
出来るだけ平然を装って顔を上げる。
「まぁ、可愛い!やるわね、ベルン!」
王妃様がベルンハルトを肘で突いた。
国母がこんな感じで良いのですか、陛下。
「はは、孫の顔が楽しみになるな」
陛下がベルンハルトの背中を叩く。
この一般家庭みたいな光景は何なのだろうか。それから八歳の子供に対して、未来の子供の話をするのやめて欲しい。
言いませんけど。
「父上も母上もリーゼが反応に困っています!」
私を地獄に突き落とす存在のはずなのにベルンハルトが救世主に見えてきた。
「さっさと挨拶してください、陛下」
確かに陛下達が挨拶してくれないと私は挨拶出来ないのだけど父の態度が悪い。
もう挨拶もなしに回れ右して帰りたい。
「すまなかった。私がベルンの父だ」
どこの親父ですか。
天下の国王陛下様ですよね。
「父上、大概にしてください」
「う、うむ。フリードリヒ・フォン・シュトラールだ」
「私はユーディット・フォン・シュトラールよ。困らせちゃってごめんなさいね」
かなり困りましたよ。
しかし流石に「そうですね、困りました」とは言えないので挨拶に入る。
「ヴァッサァ公爵家が長女トルデリーゼ・フォン・ヴァッサァでございます。本日はお招き頂きましたこと大変…」
最後まで挨拶しようとしたのに出来なかった。邪魔されたのだ。
「母上、何をしてるのですか…」
ベルンハルトにお礼が言いたい。
正に私が聞きたい事だ。なぜ私は王妃様に抱き着かれているのだろうか。
このまま挨拶を続けた方が良いのだろうか?
「こんなに小さいのにちゃんと挨拶してくれようとしてるのが可愛くて…」
つい、とウインクされましたよ。
美人さんのウインクは胸がきゅんとする。しかしちゃんと挨拶出来なかった。
「堅苦しい挨拶はもう良いでしょ。お話しましょう?」
普通に話しかけられてしまう。
「王妃様が良いのでしたら…」
「家族になるのだから私の事はお義母様って呼んでちょうだい!」
「私の事もお義父様で良いぞ」
呼べる訳がないでしょう。
どうしてこんなに気さくなのだろうか。
「母上、リーゼが困っているので解放してあげてください」
「はーい。いきなり抱き着いちゃってごめんなさいね」
「い、いえ…」
王妃様に解放されたので父と並んで陛下達の前に座る。
ふかふかソファに埋まりそうになるのを堪えて姿勢を正す。
「挨拶も終わったので帰って良いですか?」
「ランベルト、すまなかったと言っておる」
「娘に謝ってください」
「い、いえ、必要ありません…!」
陛下に謝らせようとするのはやめて欲しい。
ベルンハルトに謝らせてばかりの私が言えた事ではない。
おそらく血筋なのだろう。
「ランベルトと違って優しくて良い子ね。ベラに似たのかしら」
「王妃様はお母様とお知り合いなのですか?」
「あら、お茶会友達よ」
ママ友みたいな言い方をされる。
聞いてませんよ、お母様。
どうしてうちの家族は全員大切な事を言わないのだろうか。
「ただの挨拶する為だけに私達を呼び出したわけではないのですよね?」
「もちろんよ」
「ですよね…」
父は分かっていて帰ろうとしたのだろう。
私と似ていますね。流石は親子って感じだ。
「とりあえずリーゼちゃんって呼んでも良いかしら?」
「もちろんです…。むしろ、その、光栄です」
「あら可愛い。後でもう一回抱き締めさせてね」
「は、い…」
嬉しいですけど、怖いです。
抱き着かれたらされるがままになっておきましょう。
「それで今回はリーゼちゃんの王太子妃教育についてなのだけど」
「はい…」
いよいよ始まるのか。
私の大切な睡眠時間が…。
ベルンハルトを見ると苦笑いをしていた。私が睡眠時間を気にしてるのに気がついたのだろう。
「来週から始めようと思うの」
「急ですね」
「本当はもっと早くに伝える予定だったのだけど他の予定が立て込んでいて。リーゼちゃん、ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です」
前日に言われたら困るが一週間あるなら準備も出来る。問題ないだろう。
「あら、急なのに平然としてるのね」
「うちの教育を舐めないでいただきたいですね」
「確かにヴァッサァ公爵家の子なら問題なさそうだな」
「うちの娘は優秀ですから」
また親馬鹿発言している。
恥ずかしいのでやめて欲しい。
「あら、うちの息子も優秀よ」
王妃様まで…。
ベルンハルトを見ると人前で褒められるのが嫌なのか頭を抱えていた。
その気持ちよく分かります。
「王城で行う魔法教育に関してはガブリエラに担当してもらう予定だからな。安心していいぞ」
「叔母様が?」
「あいつはあれでいて優秀な魔法師だからな」
ガブリエラ様がいてくれるなら安心だ。
また魔力を暴走させてしまってもすぐに抑えてくれるだろう。
「ちなみにお茶会の作法と礼儀作法の教育は私よ」
「お、お忙しいのでは?」
「あら、可愛い義理の娘の為よ?時間ならいくらでも取るわ」
「ありがとうございます…。でも無理はなさらないでくださいね」
「リーゼちゃん、優しいのね。ありがとう」
教師が王妃様の王太子妃教育か。
頑張るしかなさそうだ。
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