幕間7※ユリアーナ視点
私の名前はユリアーナ・フォン・フランメ。
フランメ伯爵家の娘である私にはユリアーナ以外の人物の記憶が存在している。
きっかけは五歳の頃に起こった事故だった。
あの日、私は両親と兄ディルクと森にあるフランメ伯爵家の別宅に訪れていたのだ。
森の中には魔物がいるから一人で遠くに行ってはいけないと言う両親の忠告を無視した私を追いかけてきてくれたのはディルクだった。
「ユリア、一人で行ったらダメだろ。行くなら父様達と一緒に…」
「やだ!」
普通の五歳児でお転婆で我儘娘だった私はディルクの言葉を無視して歩き始めたのだ。
「じゃあ、俺と冒険者ごっこをしよう。日が暮れる前には帰るぞ」
「うん!お兄ちゃん大好き!」
「俺もユリアのこと大好きだぞ」
私達は手を繋いで森の中を歩き続けた。
歩き始めて一時間が経った頃だろうか。屋敷からだいぶ離れたところまで来たところで休憩をしようという事になった。
木に寄りかかって話をしていた私達の目の前に現れたのは小型の魔物だった。しかし当時の私達から見れば大きな化け物に見えた。
「ゆ、ユリア、逃げるぞ!」
焦って私を連れ出そうとするディルク。しかし父のような騎士に憧れていた私は正義心に突き動かされて魔物と戦おうとしたのだ。
「お兄ちゃんは下がっていて!私が倒すから!」
「ユリア、無理だって!下がれよ!」
制止するディルクの声を無視した私はその辺りに落ちていた木の棒を持って魔物に立ち向かった。
結果は惨敗。大怪我を負った私を連れて逃げてくれたのはディルクだった。
朧げだけどあの時の彼は泣きながら私に謝っていた気がする。
生死の境を彷徨っている間に私が見た夢は自分じゃない人の生活だった。
見慣れないガラス張りの建物、真っ黒な通路を走る変な形の馬車、多くの人が乗り降りする鉄の塊、着ている服も知っている物と全然違った。
ぼんやりとこれは私の記憶だと分かった。
その記憶の中にあったのは乙女ゲームと呼ばれる一つの娯楽。
私はそれが大好きだった。
何度もやり込んだゲームの名前は『学園ラビリンス』でその中には不思議と自分とディルクによく似た人物がいたのだ。
残念な事に記憶の最後は車に轢かれて死ぬというものだった。
死の淵から無事に生還を果たした時、前世の全てを思い出していた私は自分が悪役令嬢である事を悟った。
「最悪だわ。なんで悪役令嬢なのよ」
よりにもよって私は前世の推しキャラルートの悪役令嬢に転生してしまったのだ。
事故に遭い。ベッドから動けない間に考えていたのはどうやって破滅を回避するかどうか。
幸いにも幼少期だ。
上手くいけば前世の推しキャラに嫌われ断罪される未来を変えられると思った。
「ユリア、大丈夫か?」
ベッド生活を送る私の元へ毎日のように尋ねてきたのはディルクだった。
個人的には推しキャラの幼少期時代が見れて最高に嬉しいのだけどそれを表に出すわけにもいかずしおらしい態度で接していた。
「俺のせいでごめんな」
「お兄様が悪いわけではありませんわ。私が勝手に飛び出したのが悪いのです」
私が大怪我したのを自分のせいだと責め立てるディルク。それを見ていられなくて何度も否定の言葉を繰り返した。でも、ディルクがそれを素直に受け止めてくれる事はなかった。
私が元のユリアーナからかけ離れたキャラになってしまったからだろう。
分かっていたが前世の大人の記憶を取り戻した私が我儘なお転婆で居られるわけがなかったのだ。
ディルクとの間には妙な溝が出来てしまった。
それから二年の時が流れた。
ディルクは相変わらず事故の事を引き摺っているらしいが表向きでは仲良くしてくれている。
そんなある日、ディルクは帰ってくるなり楽しそうに親友であるベルンハルトの話を始めた。
「ベルンのやつ、婚約者にぞっこんでさ。笑っちゃうよ」
「え?」
その話に違和感を感じた。
ゲームの中で攻略対象者ベルンハルトは自身のルートの悪役令嬢トルデリーゼを幼い頃から嫌っていた。
それなのにぞっこんとはどういう事なのだ。
「話を聞いた限りだとベルンの婚約者は面白い姫さんだぜ」
「そうなのですか?」
「ああ、なんでもベルンとの婚約を泣きながら嫌がっていたらしい。王太子との婚約ならみんな喜ぶのにな」
ベルンハルトとの婚約を嫌がった?
しかも泣きながら?
ゲームのトルデリーゼは幼少期の頃から無口で無表情を貫いている鉄壁の淑女。全く違う人物の話を聞かされている気分になった。
全く違う人物?
それに当てはまるのは私も同じだ。
「まさかトルデリーゼも…?」
私は彼女も前世持ちである事を疑った。
段々と確信に近づいて行ったのはディルクから聞かされるベルンハルトとトルデリーゼの関係性がゲームと全然別のものだったから。
「ユリア、今度ベルンと姫さんがうちに来るぞ」
トルデリーゼに会いたいと思っていたある日ディルクから聞かされたのはそんな話だった。
彼女が前世持ちか確かめる大きなチャンスが来たのだ。
そして、当日。
「仲良くなれるでしょうか…」
「どうだろう、俺も直接会うのは初めてだし。でも、警戒心の強いベルンのやつがぞっこんみたいだから悪い人ではないと思うぞ」
同じ前世持ちであったとしても仲良くなれるか分からない。
不安になりながらベルンハルト達の到着を待った。
「大丈夫だ、ユリア。俺がそばにいる。ないとは思うが姫さんがお前を傷つけようとするなら俺はベルンの婚約者だろうと許さない」
「はい…」
「よし、頑張ろうな」
ディルクは私が弱い人間だと思い込んでいる節がある。事故の件もあって私を守らなきゃいけないという使命感が強いのだろう。
いつか私から解放してあげられたら良いのに。
「お兄様。私、お茶の準備をしてきますね」
「一緒に出迎えないのか?」
「ええ、私の淹れたお茶を飲んで欲しいので」
「分かった。また後でな」
向こうが前世持ちでゲームを知っている人であれば私がゲームのユリアーナと違う点に反応を示すだろう。
「さて、トルデリーゼはどんな反応をするのかしらね」
ほそく笑みながらガゼボへ向かった。
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