第10話

ふて寝をする暇なく家庭教師が来る時間になってしまった。


「リーゼお嬢様、ガブリエラ様がいらっしゃいました」

「お通してあげてください」


出迎えようと扉の前に移動しようとしたのが失敗だったかもしれません。


「リーゼ!」


中に入ってきた同時に力強く抱き締めてくる家庭教師に苦笑いが漏れる。

すぐに抱き着こうとするのは血筋なのでしょうか?

父と違って柔らかいので良いですけどね。


「ガブリエラ様、苦しいです」

「り、リーゼは相変わらず落ち着いてるわね!そんなところも可愛いわ!」


苦しいと言ってるのに抱き締める力を強められてしまう。

エマに助けを求めようとするがもう居なかった。

逃げたのね。

五分間、撫で回された後ようやく解放された。


「お久しぶりでございます」

「はぁい、久しぶり~」


家庭教師の方に深く礼をする。

ガブリエラ・フォン・レーゲン侯爵夫人。

父の妹なので私にとっては叔母にあたる人物だ。気さくで話しやすい人だけど父と同じですぐにベタベタしてこようとする。

ちなみに乳母であるエマが苦手らしいです。


「あっ、そうだ。リーゼ、なにかあったの?」

「どうしてですか?」


唐突な質問に首を傾げる。


「ラン兄様がリーゼに悪い事をしたって嘆いてたわよ」


そういう事ですか。

確かに悪い事をされましたね。


「実は…」


父との約束、すぐに約束を裏切られた話をするとガブリエラ様は大笑いを始める。

お腹を抱えて笑うのは淑女として駄目だと思いますよ。


「それはラン兄様が悪いわ」

「縁談の件は悪くないと思いますけど、約束を破るのは酷いですよ」

「縁談の件も兄様が悪いわ。殿下の婚約者について悩んでいた陛下に『うちのリーゼはどうですか?』って勧めたのは兄様よ」

「は…?」


ベルンハルトの婚約者に私を推薦したのが父親だったという衝撃の事実を突きつけられてぴたりと固まった。

あの馬鹿父、ふざけているのかしら。


「ちょ、ちょっと、リーゼ!魔力が溢れてる!部屋凍ってるから!」

「ちょっとお父さまのところに行ってきてもいいですか?」


一発殴ってやらないと気が済みません。

部屋を出て行こうとする私の前に立ったのはガブリエラ様だった。


「もう居ないわよ。殿下のところに行くってさっき出て行った!」


本当にあり得ません。

しばらく話したくないですね。


「ほら、落ち着いて!深呼吸!」

「はい…」


吸って吐いてを繰り返しているうちに溢れ出ていた魔力も落ち着いてくる。

部屋を覆い尽くしていた氷も消えた頃、ガブリエラ様が安心したように息を吐いた。


この世界には魔法が存在いる。

ヴァッサァ公爵家は水と氷を、母の実家は雷の魔法素質を受け継ぐ家系である。

通常は魔力が強い親の素質のみを受け継ぐらしい。しかし、ごく稀に両親二人から同時に魔力素質を受け継ぐ子供がいる。

その例が私だ。

アードリアンは水と氷、私はその二つに加えて雷魔法も使う事が出来る。

二種類の素質を持ってる時点で十分に凄い事なのだが、三種類の素質を思っている私は更に稀有な存在。

それもあってアードリアンには酷い事を言われた事がある。


「感情に魔力を乗せちゃダメっていつも言ってるでしょ」

「すみません…」


保持している魔力が多くなるにつれてコントロールは難しくなる。

ちゃんと制御が出来ていないと感情の起伏だけで勝手に魔法が発動してしまうのだ。

前世では魔法に憧れていた時期もあったけど、いざ魔力持ちとなると厄介なものだ。


「あとペンダントは外しちゃダメって言ったでしょ」


魔力を抑える魔法石が付いたペンダントの事を言っているのだろう。

魔力が高すぎるという私のためにガブリエラ様が用意してくれた物だ。

引き出しからそれを取り出して付けているとガブリエラ様から優しい声がかかる。


「きっとリーゼなら魔法を使いこなせるようになるから頑張りましょうね」

「ありがとうございます。ガブリエラ様」


ガブリエラ様は私と同じで三種類の魔法を使う事が出来る。その事もあって私に魔法を教えてくれているのだ。

魔法も勉学も優秀な彼女なら私の質問にも答えてくれるだろう。


「ガブリエラ様、質問があります」

「な、なに?」


にこりと微笑む。


「王族との縁談ってどうやって断ったらいいですか?」

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