第3話

「リーゼっ!」


扉を開けた瞬間、大きな身体に抱き締められた。

え、誰?不審者?

驚きに目を瞠っていると抱き締めくる力が強まった。感じたのは恐怖だ。


「やめてください!」


出来る限りの力で抱き締めてくる人を突き飛ばす。視界に現れたのはイケメンなおじさん。抱き締めてきたのは不審者ではなく自分の父親だった。

名前はランベルト・フォン・ヴァッサァ。

ヴァッサァ公爵家の当主だ。

不審者扱いしたのは申し訳ないけど急に抱き締めてきた父が悪い。


「リアンが言っていた通りだな!まさに反抗期だ!」


突き飛ばした事を怒られるかと思ったのに嬉しそうな声を上げる父に動揺する。

なんで反抗期で喜ぶのよ…。

そもそも反抗期ではなく意識が大人になっただけだ。いや、それも結構やばい事だけど。


「貴方が急に抱き締めるから驚いたのよ」


ねっ、と微笑みかけてきたのは儚げ美人さん。

私の母親です。

名前はイザベラ・フォン・ヴァッサァ。

優しくて穏やかな性格の持ち主です。


「お母様、怖かったです!」


甘えるように抱き着いてみました。

細身だけど胸が大きいので抱き心地がとても良いし、石鹸の良い匂いがするので癒される。

もうこの人と結婚したい。


「あらあら、甘えん坊さんね」

「ダメですか?」

「……っ、うちの娘が可愛いわ」


上目遣いで見つめると悶え始める母に苦笑する。どうやら母もちょっとだけ変人らしい。しかし癒される存在なので許せる。

出来る事ならもっと抱き締めて欲しい。


「お、おい、ベラ!交代しろ!」


後ろから父の声が聞こえてくる。

交代しろって絶対に嫌ですよ。いくらイケメンでも柔らかくないじゃないですか。

柔らかくないのは癒されない。


「嫌です」

「なっ…」


母に抱き着く力を強めると「本当に甘えん坊さんね」と笑われてしまう。

ちょっとだけ恥ずかしいですけど頭を撫でてくれるので離れる気はありません。


「な、何故だ…」


母に抱き着いたまま父を見ると膝から崩れ落ちていた。


「父様、元気出してください」 


いつ来たのか父を慰めるアードリアンと目が合った。

視線を逸らしたのは向こうが期待の視線を私に送ってきたからだ。


「リーゼ、僕ともぎゅーってしよう」


両手を広げて待ち構えるアードリアンからぷいっと顔を逸らす。


「嫌です。お母様が良いです」

「リーゼ可愛いわ!」

「わふっ…!」


抱き締めてもらえるのは嬉しいけど大きな胸のせいでちょっと苦しいです。

ゲームのトルデリーゼの胸が大きかったのは間違いなく母の遺伝だろう。


「お母様、苦しいです!」


ぽんぽんと母の背中を叩くと力を緩めてくれる。

危うく転生早々に死ぬところだった。


「あら、ごめんなさい。リーゼから甘えてくれるのが嬉しくて、つい」


トルデリーゼの記憶を探ってみるが母に甘えた記憶はほとんどない。

まだ八歳の子供なのに。

母親が嫌いだったわけではない。どうやって甘えたら良いのか分からなかったからだ。でも、これからは違う。

全力で甘えさせていただきます。


「これからは甘えても良いですか…?」

「もちろん!嬉しいわ!」

「わふっ!」


甘やかしてくれるのは嬉しいですけど抱き締める時は手加減して欲しいところだ。

このままではいつか窒息死してしまう。


「う、羨ましい…」

「僕にも甘えてほしいのに…」


父に甘えるのはともかく精神年齢的に大人な私が九歳の子供に甘えるのは無理がある。

私はショタコンじゃないのだから。


「私が甘えるのはお母様だけです!」


他に甘えるつもりはないという事を伝えるとまた泣き始める父とアードリアンに苦笑いが出てくる。

メンタル弱すぎるでしょ。


「リーゼ、元気になったのだからみんなで食事にしましょうね」


母の声に私は何度も頷いた。

ここ数日間、熱で魘されていたせいで碌な食事を取っていなかった。

空腹を意識した途端お腹が鳴り始める。


「はやく食事にしましょう!」


母を手を引いて歩き出す。

後ろから父の「かわいいっ…」って声が聞こえましたが無視しました。

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