第17話
シーン4 その6
「あのさ、僕だよね」
銀色の、ラメと呼ぶのだろうか、全身タイツにも似た格好になっている、宇治大吾が戸惑いながら四肢を舐めるように見ている。
そこはいわば操縦室のようだった。機器が並び、整然と並んだボタンが順不同で点滅している。ガラス張りの周囲からは外の空間が見える。宇宙だ。その窓に近づき下を覗く。
「地球だよね、あれ」
根岸さよも同じ格好をしている。状況が状況だというのに、電車の中から帰郷の風景を眺める感じで指差している。
「てことは、宇宙船とか宇宙ステーションとか?」
海原ちとせも同じ格好だ。室内を仰ぎ見ている。
前後不覚というか、場所感覚を喪失しているようだが、それでも三人に不安の色はない。淡々と状況を確認しているようだ。
「カプセルみたいなとこから起きてきてみれば、なにここ?」
宇治大吾は辺りをキョロキョロと見渡した。室内の端っこには三人が横たわっていたカプセル容器がある。そこから出て窓に近づいて来ていたのだ。
「私、変な夢見ちゃった。私たちに似た、う~ん神様っぽい人が繰り広げるバトル。もうあれアニメの世界だよ」
根岸さよがこめかみに指をあてる。どこか嬉しさをかみ殺したような顔つきで。
「同じような夢を見たのかしら。あれはおもしろかったわね」
海原ちとせは口に手を当てて微笑した。
「同じ夢なら僕は……あれがハーレム?」
宇治大吾はほんのりと頬を赤らめる。
「エロ大吾め」
「宇治エロ吾ね」
女子二人にジト目を刺され、肩身の狭い宇治大吾。
「それより、僕たちはどうすればいいの?」
「氷川先生、ここにいるのかなあ」
「またヤマタノオロチが出てきたりして。あ、これって宇宙戦争みたいになるんじゃない? 人類が宇宙進出して、宇宙船と宇宙生物ヤマタノオロチとの生存競争みたいな。これ文化祭のネタにいいんじゃない?」
どの場面でも海原ちとせの前向きというか発想は抜きんでている。出る杭は打たねばならない。とはいえ、
「いやヤマタノオロチは宇宙生物じゃないでしょ」
ツッコミを先にしないとならないのだが、この状況下ではまるでキレがない。
「ねえ、これなに?」
船室をゆっくり歩いていた根岸さよが叫んだ。急ぎ足で近づくと、操縦桿でもなんでもないが、船室の機器の一部にはめ込まれているものがあった。
「これって鏡だよね」
ガラス張りになっていて直接触れることはできないが、確かに縁が前衛芸術のようにデコレーションされている丸い鏡があった。開けようとしたが人力では開かず、開閉ボタンなりを探してもない。手当たり次第に触って機器が異常をきたしても怖い。
「もしかしてスサノヲの鏡?」
「いや、でもさあ」
嬉々としている根岸さよに、宇治大吾が躊躇するのも無理はない。あまりにもできすぎているからである。
「なんか威厳とかないね」
「でも新品、とも見えないわよ」
「もう僕ら錯乱してもいいんじゃない?」
三者三様に現前の鏡、それは探していた例の物であろうがなかろうが、やはり鏡なので、それを見て感想がない、ということはないのである。
予兆もなく、船室のどこかが鳴った。デジタル的な低音。
「なんか緊急危険告知みたいな音ね」
海原ちとせは冷静に言っているが、そう聞こえては何が危険なのか気を張らなくてはならない。宇治大吾と根岸さよには不安と動揺が出かかっていた。
「船団接近中」
船室にデジタルな音声が響いた。室内の空間にディスプレイが浮かぶ。食い入るように集中する三人。
「いや、何書かれてあるか分かんないけど」
点と線が不規則に淡く光る画面。見たはいいものの、専門家どころか研修も受けてないどころか、これらの機械を見るのが初見なので、何をどう見たらいいのか知れない。
「敵ってこと?」
「敵って、迎撃も逃げる方法も知れないのに?」
焦る根岸さよに追認しながら、やはり焦り始める宇治大吾。
「あの夢みたいに攻撃できたらなあ」
ディスプレイを腕組みで見ている海原ちとせ。緊張感がない。三人に似た古代服のキャラクターが疾風やら閃光を放っていたのと同様のことが出来れば、確かに迎撃になる。とはいえ、この場所の三人には文字通り振る袖がない。
「ねえ、これ見て」
もう一つディスプレイが現れた。それは映像に見えた。
「いや、ホント。アニメで見たような船団だな」
デジタル音声が告げた敵らしき飛翔物の映像だった。
「ねえ、これってさ」
海原は目を凝らして画面を見る。
「拡大できない? ここなんだけど」
指差すと、映像が接近中の物体の一部を拡大した。
「鏡? マジ?」
船室にあるような鏡に見える物体が敵船体各部の操縦室の前に組み込まれていた。
「複製とか?」
「レプリカとか? あ」
「なに?」
「いや、本にあったでしょ。権力の象徴に鏡が必要だったって」
「いや、とはいえあんなに複製する必要あ」
根岸が言い終わらないうちに、
「船団に高エネルギー反応感知」
デジタル音声が無機質に流れる。
「は?」
「船団からの攻撃の予兆」
根岸さよの疑問にデジタル音声が補足説明をしてくれた。AIを搭載しているかどうかは不明だが、あまりに間を読んだ応答である。
「ひ!」
「どうしよう!」
「どうしようもないわね」
ディスプレイを三者見た。鏡から光線が発せられたのだ。
「ビーム?」
「いや、逃げよう!」
「どうやって?」
阿鼻叫喚、ではない。一人冷静がいるから。けれどもさすがに回避すべきなのだが、知れないボタンを触れない。
「あ! は、反撃開始!」
宇治大吾が何かをひらめいて大声を出した。すると、
「了解」
デジタル音声が反応してくれた。さすがにデジタル家電に囲まれている世代である。AIの有無を確証していなくとも、言ってみるあたりが。
「準備完了。鏡に触れてください」
デジタル音声は親切だ。鏡を覆っていたガラスが自動的に開く。三人して駆け寄る。やはり鏡なのだ。それが三人の求める「スサノヲの鏡」だとは断定されていないが。
「でも指紋付いたらあとで拭かないと」
「今はそれどころじゃないでしょ」
「早くしないとまずいんじゃない?」
女子二人に後押しされ手を伸ばす宇治大吾。
ハウリングがした。
「あー、あー。聞こえますか?」
校内放送と同じ軽妙さで船室に声が聞こえた。氷川である。
「先生!」
「いったいどうなっているんですか!」
「この銀のスーツ格好悪いんですけど」
三者三様にクレームを出す。
「えっとですね、テーマパークの乗り物気分だと思いますが。だから言ったじゃないですか、『虚構と現実の部屋』へって」
修学旅行の自由行動で来たのとはまったく違う。命の危険性さえ感じているくらいだ。
「機器類には触れないでくださいね、決して」
「いや、だって向こうはビーム撃って来るし、こっちも攻撃しないと」
「いいですか、絶対に触れないでくださいね」
「船団から高エネルギー反応確認。再度の攻撃の予兆」
デジタル音声のおかげで
「ほら、ピンチなんですって」
「いや、聞こえてますが、触れてはダメなものはダメなんですって」
「発射確認」
「もう!」
宇治大吾は氷川の制止も聞かず、指紋の後処理のことも考えず、鏡に触れた。瞬間、鏡から光があふれた。船室は瞬く間に光に溢れ、
「高エネルギー波……」
デジタル音声が聞こえたかと思ったら、にたりとして、
「わが魂の分霊よ、好きにふるまって見せよ」
氷川のささやきが聞こえ、そして船室から船外に向けて膨大な波動が拡散した。
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