第16話
シーン4 その5
そこがどこであるのか、判然とはしない。少なくとも宇治大吾たちがいた、物のない教室ではない。そんな仕切られた施設ではなく、ただ広大に広がる空間。といっても、ヤマタノオロチが出てきた古代の風景でもない。淡い光とほの暖かさ。天井も大地も視界には捉えられていない空間。
「ずいぶんご堪能のようね」
歩く動作をせずに音もなく身体が前方へ進む。豪奢というより気品のある衣装をまとった、おそらくは女性だと思われる者、なぜならその女性は根岸さよの顔だからだ。しかし、根岸さよのお調子者みたいな軽妙さはない。
その女性は動きを止めるとあきれるようにそう言った。彼女の前には雲のソファにふんぞり返って両脇、ソファの背後にうす透明な、煽情的なもう水着にしか見えない衣類を気持ちばかりに身体の箇所を隠した女性たち――あくまで女性と分かるのは身体の曲線からの判断であり、その顔には眼も口も鼻も開いてない真っ白な面をつけているから素顔を見ることはできないのだ――をまさに侍らせている男がいた。
「交ざりたいならそう言えばよかろう」
宇治大吾に見えるその男も現代風な高校生の制服ではなく、むしろ古代の祭事にでも着そうな衣装である。
「こじれないようにいくらでも手を打てたのでは?」
またしても音もなく男の前に進み出る女性がいた。やはり古代の衣装だ。その顔は海原ちとせだ。
「だから、やってるだろ、その手立てっての」
男はいらだたしげになった。取り巻きの女性たちがシャボン玉のように弾けて消えた。
「そうかしら」
根岸さよ似が怪訝そうに言うと、
「あなたは迂闊なところ、というより子供っぽいところがあるから、詰めが甘くなるでしょ」
間髪入れず海原ちとせ似がからかうように言う。
「なに?」
宇治大吾似が睨む。とはいえ、女性二人は怯えることも言葉を訂正することもない。
「んなこと言っちゃあいるが、お前たちだって散々遊んでるじゃねえか」
男は立ち上がり、女性二人に顔を近づけながら、あざけるように言った。
「ええ、せっかくですから、遊ばないとね」
「ちゃんとあなたも視野に入れてるじゃないですか、拗ねないで」
女性たちはまるで気にしない。男は近づけていた顔を引っ込めて、やれやれといった具合に肩をすくめた。
「なら、お前たちが俺の遊びに付き合ってくれるってことだよなあ」
男は手を広げる。無人のソファの前でわざとらしく。
「ええ、私もちょうど遊びたいと思っていたところなので」
「私を満足できて?」
「そりゃもう、な」
男が両腕を払う。大きな袖が舞い、旋風が起こる。女性二人は後方へ瞬時に跳躍。今度は女性二人が袖を払う。かまいたちのような疾風が男を襲う。男は逃げることはせず、やはり片腕の袖を回旋させ、襲い来る風を消し去った。
それから、際限のない空間で男と女たちは縦横無尽、自由闊達に攻防を繰り広げた。なにせ建物も木も岩もなければ、施設や自然物さえもない。破壊される対象がない。そこでは何気兼ねなく旋風を起こし、閃光を放ち、肉体的衝突を繰り返すことができる。
「なに焦ってんだ」
異形の宇治大吾の言い様は、女たちを煽っているようである。
「あなたが本気にならないからでしょ」
異形の根岸さよが冷淡に言う。
「遊びとやらを向うでもすればいいでしょ」
異形の海原ちとせが物足りなさそうに言う。
「さじ加減は俺が決めてんだ。お前たちじゃない」
異体の宇治大吾は若干いらだたしげになった。
「それが心許ないから」
異体の根岸さよが嘆くように言う。
「らしさが感じられないから不安にもなるのは、あなたにも分かっていることでしょ」
異体の海原ちとせが案じるように言う。
「もしかしてじらしプレイとか言うんじゃないでしょうね」
異状の根岸さよがあきれたように言う。
「悪いけど趣味じゃないわ。私の方がじらすのは趣味だけど」
異状の海原ちとせが悪戯っぽく言う。
「こうしてお前たちも楽しんでんだ、それでいいじゃねえか」
異様の宇治大吾がにたりとして言った。
「それなら私が別のお楽しみを教えてあげる」
異様の根岸さよが決然として言う。
「あなたが退屈しないようにね」
異様の海原ちとせが悠然として言う。
「ああ、俺をいかせてくれ」
異質の宇治大吾が泰然として言う。
苛烈を極める戦いの中、三者が同時に閃光弾を両手から放った。空間はありえないほどの眩さに包まれ、そして何も見えなくなった。
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