第14話
シーン4 その2
辺り一面を三人はさして驚いた様子もなく眺望していた。日常慣れ親しんだ社会ではない。親の実家へ帰省した際の田舎の風景ではない。テレビで見たのではない。あえて見た事があると言えば、歴史の資料集の中にだ。何のか。古代日本の風景である。人がいるわけではない。いれば、その衣装や髪型、発言から時代を判別できるかもしれない。しかし、いない。それでも電線も鉄塔もなく、青空によどみがない場所。山のふもとらしい。
「どこ?」
宇治大吾があっけにとられた様子から、ようやく口を開いた。
「あっ」
海原ちとせが指をさしていた。
「な、なに、これ。ぷっ」
宇治大吾を見て、根岸さよから戸惑いと不安が消えた。海原ちとせも驚きから笑いになっている。たまったものではないのは宇治大吾である。
「な、なんで。僕、えー」
宇治大吾は自分の服を見た。さっきまで私服だったはず。ところが今や制服になっている。しかも、男女逆。つまり、宇治大吾はセーラー服姿、海原ちとせと根岸さよは学ランである。スカートの裾をつまんであげる。毛深いわけではないが男子である。脛が見苦しい。
「あ!」
はたと気づいて、根岸さよと海原ちとせに背を向け、慣れない手つきでズボンの中をまさぐりだす。
「よかった」
ほっとした感じで向き直る。宇治大吾の焦燥をよそに、根岸さよも海原ちとせも思いがけない男装にまんざらでもなさそうに互いに指摘し合っている。
「どうしたの?」
根岸さよの語調はすっかり平静になっている。
「いや、服が変わったから、もしかして、ね」
宇治大吾は自身の下半身にやんわりと指をさす。それを見て、女子二人も慌てて宇治大吾に背を向け、腰回りを確認。やはりほっとした表情で、
「女子のままで良かった」
「今朝履いた下着のままで良かった」
安堵していた。
「で、ここどこ?」
すっかり緊張感が抜けた。それが我に返らせてくれた。
「ここがどうであれ、それは氷川先生を探す方がいいんじゃない?」
「さすが会長。で、どこを?」
「知るわけないでしょ」
女装が古代で男装の正論に形無しになっている。
「もしかしてここにあるってことじゃない? 先生、校外授業だって言ってたし」
ここにきてすっかりポジティブに戻った根岸さよの言い分もあながち間違いではないだろうと、宇治大吾も海原ちとせも感心をした。感心をしたのだが、
「課外指導ね、先生が言ってたの」
担任を同じくする女装男子から訂正をされた。
「ほんと、宇治君は細かい」
男装の一人が憤慨して腕を組んでしまった。
「でも、根岸さんの言ったとおりかも。だとしたら、このままじっとしているより、動いた方がよさそうね」
「会長」
海原ちとせのフォローに機嫌が良くなる。
「行くって、どっちに?」
「山っぽいところに送られて、下山しなさいって意味になる? 指導って言ってたのよ。それなら俄然上るしかないでしょ」
「うそー、僕この格好で?」
宇治大吾の嘆きももっともだ。女子二人は再び笑いに包まれる。とはいえ、
「宇治君、足、足」
言われ、不機嫌な様子で自分の足を見る。すね毛ではない。靴である。それを見て、思わずほっとしてしまった。
「よかったね、パンプスじゃなくて」
ハイヒールでもなくてよかった。ローファーでさえきついだろう。履き慣れたスニーカーだった。登山靴が好ましいが、前者に比べればましとしなければならない。
「戻るためにもヒント探しをしなきゃならないしね」
三人は山を登ることにした。海原と根岸は軽やかに歩き出した。
「これが、スサノヲの鏡の働きとか言わないよねえ」
嘆いてから大吾も重い足を踏み出した。
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