第13話

シーン4 その1


 日曜日、根岸さよ隊長以下、海原ちとせ参謀、突撃兵宇治大吾の探検隊が向かうのは、すでに廃鉱となった場所だった。そこはかつて金や銀が大量に採掘され、かつての幕府の財政を支えたのだが、有限を尽くした結果が現在で、それでも今度は観光客からの貨幣を落としてもらうために、観光施設化されていた。資料館が拠点となって、かつての坑道を辿ることもできた。もちろん安全上の観点からその一部分ではあったが、電動の工夫の人形などもあり、観光客だけでなく、学校の遠足でも道程に加えられているくらい危険はない場所である。コンクリートで整地された足元を、入り口から三十分もあるけば、めでたく外に出られる。そのはずだったのだが、この三人はもうしばらく坑内を歩き回っていた。

「ねえ、あのさ。この道って本当に合ってるの?」

 一連の調査の言い出しっぺであり、この日の切り込み隊長になっている根岸さよでさえもさすがに不安げな声である。

「何言い出すんだよ」

「私もちょっと不安なんだけど、こんなに歩いて何も見えないっておかしくない?」

「会長まで」

 宇治大吾には無茶ぶり好きな学級委員が少々慎重になっていた方が安堵になるが、海原ちとせまで陽気でない声になるのはさすがに平静ではいられなくなる。

 整備され、壁の足元には照明があったはずだが、そう言えばどこからかそれがなくなっていた。なくなっていたけれども、完全に暗闇になっているわけではなく、設備的照明ではない不自然な明るさが点々と足元にあり、それを辿ってきた、ということに今になって気付いた。道順が設けられているはずなのに、文字通り道ならぬ道に迷い込んでしまったか、あるいは狐か狸か貉かに化かされてしまったような心持になり、足取りも重くなる。

「会長、本当に霊夢とやらは当たってたんですかね? こっちのコースじゃなくて、もう一つのコースだったとか」

「こんな時にふらないでよ。もう、戻りましょうか?」

 つまりは霊夢を訂正しようという意図なのだが、いったん立ち止まって振り向いてみれば、後方に明かりは全くなく、降りてきた階段も坑道の内部の様相も全く見えない、本当の闇があった。というよりも、三人にはその暗黒が彼らを襲おうとしているようにさえ見えた。本当の探検になってしまった、といっても探検でさえもこんなアクシデントは起こらないだろうが。

「い、行きましょう、なんだか向こうに強い光が見えますから」

 闇と光。密閉された空間で人はどちらに安堵を求めるかは、改めて言う必要はない。

「ねえ、これって、どう思う?」

 数分歩いて、光源らしき場所に着いた。ここは坑道であり、安全が確保された施設である。だからこそ有料観光施設として、市も観光協会も積極的にPRしているのだ。つまり、出られないということはありえないのだ。ありえないのだが、彼らは道順を失い、案内を示す照明がなくなり、至ったのは

「なんで、普通のドアがあるの?」

 女子二人は全くしゃべらなくなってしまい、その心象の困惑を男子たる宇治大吾が代弁するしかない。そう彼らの目の前には坑道なのに教室の戸にしか見えない壁があるのだ。ノブを握るようなドアならば、それは非常口だと解釈できるだろう。けれど、その戸というかドアというかの壁は、全国津々浦々に通用する教室のそれにしか見えない。つまりは横に引くのだ。そんな戸を引いたら鉱山だった壁に埋もれてしまう。そんな設備を施しはしない。それなのに彼らの目の真にあるのはまさにそれなのだ。

「ねえ、入る? もしかして出られるかもしれないし」

 宇治大吾は海原ちとせ、根岸さよを順にみる。彼女二人とも回答を示さなかった。どう答えていいか言葉を持ち合わせてない、というのが正解だろう。

 すると、その戸の向こうから音が聞こえた。足音である。近づいて来る。坑道の反響にしては響き渡る、という感じではない。ヒタヒタという音でもない。本当に無人の教室でわざと鳴らした足音、というのが近い音かもしれない。

 かたずをのみ、身動きできない三人。戸の向こうで音が止まった。覚悟、そう呼んでいいのなら、そういう心象が彼ら三人に浮かんだ。何に、という具体的な事象に対してではない、なぜかしら、彼ら三人はもう逃れられないのだな、と思ったのだ。まさに闇に飲み込まれてしまう、そんな思いだった。硬直した三人はただただ足音に迫られるだけだった。

 引き戸が横開かれた。その音はもはや反響しない。本当に教室の戸が引かれる音だと、今回は間違いなく断定できた。

「どうしました?」

 もう三人はかたずをのむばかりではない。絶句だった。そこには、

「氷川先生」

 担任が教室と変わらない柔和な表情で立っていたからである。頻繁に見る紺のスーツだが、ネクタイはしていなかった。魔法や魔術なんかによって惑わされてしまったように、三人は戸を抜けて、氷川のいる空間へ入った。見れば、

「! 教室?」

 宇治大吾が叫んだ。しかしもはやそこは坑道ではない。声が反響することはないのである。そこは一見すれば、机も椅子もない、黒板もロッカーも掃除道具入れもないが、床や窓や天井や、その既視感は間違いなく普段通っている学校の教室である。

「てか、先生なんでいるんですか? 今日は用事があるって」

「ええ、用事ですよ」

「はい?」

 宇治大吾はまるで分かっていない顔をしていらだちさえ催し始めるが、海原ちとせは彼の肩に手を置いて、

「つまり、今こうして私たちを待ち伏せしているのがその用事ってこと」

 氷川に刺すような視線を送る。宇治大吾はそう言われ、目を見開いて氷川を見る。

「そんな怖い顔をしないでください」

 あくまで氷川の飄々とした感じはいつも通りだ。予告なしの小テストで不平不満が地雷のように噴出させている教室中をなだめるのと変わりがない。

「あの、一体どういうことなんですか? 先生はなんで」

 根岸さよの戸惑い感は半端ない。宇治大吾がどこか怒っているのに対して。

「えーと、そうですね。教員としての課外指導ということになるんでしょうかね」

「先生!」

 氷川は始業直後に本日の授業内容を提示する感じでさらっと言ってのけた。おちゃらけた感じがまったく消え去ってしまい、根岸さよはただ叫ぶだけだった。

「もっと分かりやすく言ってもらわないと私は疑いをぬぐえません」

「疑い?」

「そうです。先生もスサノヲの鏡を狙っているという」

「へえ。僕がね」

「否定しないんですね」

「どこか疑わしい点がありましたか?」

「動向の違和感です。私たちがスサノヲの鏡にある程度まで近づくのに、それ以上近づけない。そうなるように」

「近づくも何もスサノヲの鏡の所在さえ分かってないじゃないですか」

「つまり所在は間違いなくあるということですね?」

「そう解釈しますか?」

「はい、それ以外考えられません」

「若いですねえ。熟慮が足りない。言ったじゃないですか、課外指導だと」

「だから、その意味を」

「ええ、これから教えて差し上げますよ」

 こういう時には会長の雄弁さが光る。下級生二人がまごまごしている間に、問うべきは問い、事態の打開を図ろうとしていた。

 それでも何枚も氷川は上手なのだろう。あるいは教員としての余裕だろうか。海原ちとせでさえ手玉に取るように言って手を叩いた。拍子があったわけでも、柏手でもない、ただ見たこともない叩き方と、聞いたことのない音だった。直後、その教室と思われた空間がゆがみ始めた。異空間というかモザイク模様がさらにゆがんでいる空間というか、TVでタイムスリップする時の捻じれた空間というか。驚き、狼狽さえする三人をしり目に、

「ようこそ、虚構と現実の部屋へ」

 氷川は相変わらず柔和な笑みだった。それはやはり三人が入ると時にドアに書かれていた謎な文字が表象する意味だった。

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