第10話
シーン3 その5
その週末。すでにその博物館は開場時間を過ぎており、私服姿で宇治大吾、根岸さよ、海原ちとせ、櫛田がそろっていた。
入館して早々、
「おや、みなさん、どうしたんですか?」
氷川がいた。ネクタイはしていなかったが、学校と変わらずスーツ姿である。細身のせいか、スーツに着られている感が消えない。そのせいか、というか、氷川からは教師らしい威厳のようなものは皆無で、とはいえそのどことなく頼りなさげがかえってぞんざいに対応できないと生徒に思わせていた。
「先生、デートにこんなとこ選んじゃダメですよ」
「女の人にとってはつまんないでしょ」
根岸さよと海原ちとせから否定的見解ダメ出しがなされた。言うに事欠いて、わざわざこの情報収集を陥れるような評価をしなくてもいいものだが、本人たちはまったく気づいておらず、宇治大吾はあえて何も言い返さない選択を取っていた。
「いえ、単に個人的趣味で来たんですが。デートではなく。それをいうなら君たちのグループ交際、いや違うか」
教員の立場からハーレム的状況のまっただ中の男子に注意しなければならないが、
「例のことですか?」
察しがついてしまって、指導なぞはお門違いになってしまう。
「はい、つい忘れがちですが、単なる興味本位だけでなく、文化祭の企画の一つですので、念入りに」
宇治大吾が難しい顔で、女子たちに代わって説明する。なぜなら女子たちはもうはや教員のデート現場を抑えたわけではないことを知り興味を失っていたからである。すでに本日の動機の方へ関心が向き直っている。
「まあ、それはいいんですが。どうなんです? 順調なんですか?」
「あのはしゃっぎぷりからすると順調のように見えますが、実態はかなり不調です」
女子たちは彼女たちで勝手に話を盛り上げている。これは決してガールズトークとは装いを異にしているが、男子と男性教諭には立ち入れない壁があった。此岸にたたずむ男子と教員は肩の力が抜けてしまった。
「この見学で情報を仕入れようと?」
「そのつもりでなんですが。どうしました?」
宇治大吾は徒労を覚悟した疲れた表情をした。それを聞いて、氷川は渋い顔をして顎を擦った。
「えっと、まあせっかくですので、僕も行きましょう。そこで説明します」
隔てていた壁を建前のあいさつという剣でぶった切って、本来の目的遂行へ向かう。
展示室。新発見の鏡がケース内に保存され、発見の経緯や調査結果がプレートに書かれてあった。他にも既知な鏡類が多数並べられていたり、古代の遺物がケースに並べられたりしていた。
「あれは三角縁神獣鏡です。卑弥呼が使ったと言う説もあります。ですので」
氷川が宇治大吾に見せたためらいは、つまりはこの新発見でさえもスサノヲの鏡ではないということだった。三角縁神獣鏡自体が新発見というわけではなく、発見された場所やデザインという点で新発見ということであった、ということらしい。櫛田はがっくりと肩を落として居心地が悪そうに落ち着きがない。
「卑弥呼か、弥生時代だもんな」
根岸さよはもうケースに額がくっつくくらいに接近している。下手をしたら警備員が飛んできかねない。今こそ、氷川は教員としての指導をすべきなのだが、まさに目を輝かせて個人的興味が優先されているようで、それを失念しているようである。
「放射線炭素年代測定で弥生時代って判定されたわけではないのね?」
海原ちとせがプレートを見ながら小首をかしげていた。一方でその海原ちとせが言った専門用語に小首をかしげる宇治大吾と櫛田。
「他の方法で測定できますよ。あくまでそれは年代測定の一つですから」
さすが教員らしい博識を晒す。歴史教員ではないが。やはり生き生きとしている。
「て、ことは覆される可能性もあるってことですよね?」
「まあ、今はこれで特定とされますが、ここで研究が終わると言うわけではないでしょうから」
まるで氷川が発掘しその年代を判定し、それに意義を唱えているかのような海原ちとせである。その気迫に気圧されるような氷川。
「じゃあ、一応」
二人の会話をしっかりと聞いていたようで根岸さよは当てが外れてしまった無念さもなくショルダーバックからスマホを取り出すと、画面をタップ。他に観覧者がいるというのに、保存しておいたとある音声を鳴らし始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます