第6話
シーン3 その1
翌日の昼休み、一同は集まり、打ち上げでの話しの通り今後の相談会となった。とはいえ、単に参加意思の再確認だけとなり、定期的な会合などを決めたわけではなかった。なにせ小型情報通信端末を全員が持っている。進捗状況や、状況に応じた共同作業はその都度確認できる。実に便利な時代だ。宇治大吾は集まった際に男子が一人だと嘆き、大市や岐原、須賀に声をかけてみたものの部活やプライベートを重視する彼らの反応は鈍く、というか「あんま興味ねえな」の一言で無理強いはできなくなった。とはいうものの、そうした細々とした作業自体はさておき、そのドキュメンタリー映画作成には興味があったようで裏方としての協力は取り付けられた。
その日の放課後。図書室に宇治大吾と根岸さよの姿があった。六人掛けのテーブルには書籍が山積みされ、次々とつぶさにページをめくる、調査とあればそんな様相が見受けられるはずだが、二人して腕組みをして難しい表情で何も置かれてないテーブル上を、眉を寄せて見ていた。
「なんでないの?」
根岸さよは不愉快そうに吐いた。彼女が学校のこの図書室の、書架の特定の場所であの本を見つけたからこそ、「スサノヲの鏡」というフレーズを発見できたのだ。ところが、同じ場所を探しても当該する書籍が見つからない。図書委員に尋ねてみても、そもそもそういう書籍自体がデータベースに載ってなかったのだ。司書教員に問うてみたものの、答えは同じだった。結果、そもそもの発端である根岸さよの発言とノートの記載自体があやふやになってしまい、これ以上の調査続行は不可能とさえ判断されかねない状況になっているのだった。
「なんで、っていってもまあこれ自体スサノヲの鏡とかの働きとかなんじゃないの?」
「なにそれ、皮肉? ムカつく」
空気を換えようと宇治大吾が無理やり明るく言うと、いつもの陽気さと一転、根岸さよは困惑のまっただ中で柄にもなく口悪く言ったことに、
「ごめん、言い過ぎた」
すぐに後悔をした。宇治大吾とて少しでも感情の緩和のための冗談が、かえってそれ以上に機嫌を損ねてしまったので、弱々しくでも頭を下げるしかない。
「僕こそ。でもどうする? 会長に言ってみる?」
「そうよね。てか、宇治君、私が嘘ついたとか疑義を挟まないの?」
「根岸さんは冗談のマシンガンだけど、嘘はつかないでしょ。いや、嘘はつくだろうけど、こういう悪質っていうか、結構大事になった後で周り巻き込むほどの嘘はしないでしょ」
「なんか悪評が混じっていたようだけど、一応疑われてはないのは分かった。けど、どうしよ。てか、なんだったの、あれ」
根岸さよは自分のノートを開いた。あのノートだ。確かに書籍名、ページ数はある。そして、「スサノヲの鏡」という単語。まだ予習どころか、この学年では習わない数学の教科書を見ているような顔である。
「あ、いたいた。調子はどう?」
軽快な挨拶、の割りには少し声が枯れていた。疲労感が漂っている。生徒会の残務処理は過酷なのだろう。
「会長。どうも。調子は根岸さんを見ての通りです」
テーブルに伏せたままの根岸さよは相槌さえもない代わりに宇治大吾はひきつった笑顔をした。
「どうしたの? スタートから暗礁に乗り上げてるの?」
「その通りです」
一応の説明というか現状確認をしてもらおうにも、苦笑いしか出てこない宇治大吾の横に着席して、海原ちとせは本のないテーブルを平泳ぎの手つきで撫でた。くぐもった声をして、伏せたまま根岸さよは短く答えた。小首をかしげる海原ちとせに、
「本がないんです、根岸さんが見たっていう」
これ以上、根岸さよから説明はないようで、宇治大吾は頭を掻いてから一通りをかいつまんで話した。
「あちゃ~マジで?」
海原ちとせも弱り顔で腕を組んでしまった。
「てことで、この話はなかったことにしませんか?」
宇治大吾は恐る恐る提案した。乗り気でなかった企画をこの時点でなかったことにできる、まさに願ったり叶ったりの機会である。とはいえ、ノリノリだった会長と学級委員の手前、自分のエゴではなく、客観的に進行不能であると、控えめに進言したのだった。
「宇治君、声が弾んでる」
伏せたままの根岸さよの非難である。実にとげとげしい。宇治大吾は思わず口を隠しそうになった。自重していたはずが声色のどこかに漏れ出てしまったようである。
「そ、そんなことないって。僕だって気になるからこうしているじゃないか」
動揺しながらも否定する。だが、動揺している時点で、根岸さよと海原ちとせから白眼視されるのは、言うまでもない。
「あ~もう~ほんと、なんなの?」
「根岸さん、静かにしようよ」
伏せたまま根岸さよは足をばたつかせた。駄々をこねているように見える。公共施設でのマナー厳守を生徒会長よりも先に、恐らくはそうさせてしまった間接的原因の自覚のある男子は、先ほどまでと違う動揺で学級委員をたしなめなければならなかった。ただし、諭すのではない、もうほとんど優しい懇願であった。
「よし、決めた」
難しい顔をしていた海原ちとせが手を打った。もちろん会長たるもの図書館の静謐を妨害するなどということはしまい。絶妙に音はなかった。
「この謎も解明するのよ」
宇治大吾はきょとんとし、根岸さよは重々しく頭を上げた。海原ちとせは満面の笑みだった。
「根岸さんが見たと言うのに保管されてない書籍、これも調査の一つよ。よって、ドキュメンタリー続行決定!」
宇治大吾はおろか根岸さよでさえ数秒間あっけにとられてしまった。
「謎が増えれば増えるほど盛り上がるわ。ね、そうでしょ」
その二人の開いた口に栄養補給をするつもりなのだろうが、海原ちとせのアイディアはまったく解決の糸口にさえなっていなかった。
「ミステリーやサスペンスではそうかもしれないけど、今回は単なる興味ですよ」
「ホント、宇治君はああ言えばこう言う人ね。いい? 探しました、ハイ、見つかりましたって流れのどこが面白いっていうの? 初っ端から難航したくらいの方が視聴者の食いつきがよくなるのよ」
会長のこういう説得力があるのか、ないのか知れない言い方に、全校生徒が好意を持っている。だからこそ、体育祭の新プログラムの提案もわりかしすんなりと受け入れられたのだ。つまりは解決しなくとも、盛り上がれれば万事オーケーということを言いたかったらしい。宇治大吾にとっては実に分かりづらかった。
「それと、根岸さん確認したいんだけど」
「なんです?」
「本見つけたのって、本当にここなの?」
「ええ。でもなんでそんなことを?」
「いえ、その資料探しをいつしたのかによって、体育祭近くだったらテンパってて何したのかの具体的な記憶があいまいになってないかしらと思って」
「準備の最初の方ではなかったとは思います。でも記憶があいまいって……」
海原ちとせに改めて指摘され、ノートをめくりながら根岸さよはぼんやりして答えていた。が、途中から歯切れが悪くなった。
「どうしたの? 根岸さん」
「いや、今ノートの他のページめくっててちょっと気になったんだけど、字が乱雑になっている個所とか、こんなこと書いたっけと思う個所とか、逆に書いたはずなのになかったりしてるんだよね。あ!」
言って立ち上がり、本棚の間を抜けて何分も経たずに戻ってきた。
「市立図書館で見たと思ってた本がここにあった」
言いながら着席し、ノートを広げ、顔を隠した。赤面しているかもしれないし、単に見られたくないからかもしれなかった。
「てことは、別の場所で見てたという可能性が出てきたわけね」
してやったりな顔の海原ちとせは、意味ありげな視線を宇治大吾に送った。
「でもな~、あの本に関してはここで見たっていう鮮明な記憶があるんだよなあ」
「疲れて夢でも見てたんじゃないの?」
「日付と時間も書いてある夢があるってのか、ええ、宇治君!」
身を乗り出してノートを見せつける。立場上、強く出られる所には、まるで鬱憤を晴らすように主張する。形無しになっているのは宇治大吾である。
「分かったから、僕が悪かったから。落ち着いて」
宇治大吾は何度目かの動揺を抑えながら、室内をきょろきょろと見やりながら、催促した。根岸さよ、再び着席。
「では、念のためもう一度室内を探索。それでなければ、以後の探索場所の列挙をまずすることね」
「ノリノリですね、会長」
反論を提示して疲弊するよりかは、従順になってとっとと片すべきと、算段を変えた宇治大吾は重い腰を上げた。
「そうなるわね。会長も協力してくれますよね」
根岸さよも立ち上がりながらノートを閉じる。室内探索と言ってもすでに図書委員と司書教諭によってその存在を否定されている物が発見されるわけはない。が、海原ちとせの言ったこと以外にすべき案はない。
十数分の再確認作業後、改めて着席。今後の作業への足掛かりとして、まずは根岸さよが資料集めに足しげく通った場所の選定となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます