第4話

シーン2 その1


 興奮冷めやらぬ、というのは体育祭が開催された日のことではない。前日体育祭をやってホッとしているのは、生徒会と体育祭実行委員と教員とそして乗り気だった生徒たちで、根岸さよもその一人だった。

 体育祭翌日、雨が降った。小雨と呼ぶには大粒で、大雨と呼ぶには静かな雨だった。

「昨日で良かった。雨の中でって、衣装が悲惨な目に合うところだった」

 雨天は順延だから何の心配もないのだが、現前の現象と仮装行列の熾烈な準備の記憶は、こういう感想になる。学級委員としてクラスをまとめ、実体験のない演目を取り仕切っていたのだから、その心象も役職のない生徒とは一線を画すだろう。

「で、そのこんな天気で、本当に打ち上げするの?」

 片づけでごみ収集場に荷をふんだんに詰め込んだ段ボールを抱えて根岸さよのそんな吐露を、宇治大吾は別の心配で覆い隠そうとしていた。その顔に前日の疲労感はない。ないのだが、まるっきり爽快さとも見えない。

「当たり前でしょ。別に外でやるわけじゃないんだから」

 当日の打ち上げは疲労困憊になるだろうからと、事前に翌日の夕方からと決まっていた。学級委員たる根岸さよの幹事力がここでもいかんなく発揮され、カラオケかファミレスがその現場になりそうなところを、家庭科室を抑えやがった。ごみの処理を含め、事前に内容を詳細に記載し、氷川教員に提出、さらには学年主任の詰問には家庭科室を管理する教員に同席してもらい問題点を浮かび上がらせ、その解消策を逆提示し、家庭科室管理教員の同意と、学年主任の承認を取り付けた。

「外でやられるより手中におさめときたいってことでしょ」

 あまり重くない段ボールを抱え直してこともなげに根岸さよは言った。学校側の意図など逆手に取ってしまえばいいくらいの軍師のような顔つきである。

「そうか。先生たちからすれば、まあ自分たちのあずかり知らないところでやんちゃされて住民から苦情ならまだましで、警察沙汰になったらと思えば、校内で下校時間ていう時間制限かかってっていうのは何かあった時に対応直ぐできるしね」

 宇治大吾は、学力は平均より少しいいくらいである。ところが、こういう学力に全く関係ない場面において妙に察しがいいというか、頭が回る。だから、体育祭なんぞで新プログラムが企画されると誰しもが宇治大吾に押し付けるのだ、というようなことにはまだ気付いてない。

「とはいえ、二次会とかは知らんけどね。あ、宇治君、二次会行こうよ」

「まだ片付けも終わってない上に、これから打ち上げだってのに、なに気の早いこと言ってんだよ」

「ねぎらいよ、ねぎらい。ゴリ押しした学級委員としては、その職責を全うした主役様にはおごってあげないとと思って。あ、エッチなことじゃないから」

「わ、分かっているよ。てか、ごり押しって認めるんならさ、やっぱり大市とかにやらせればよかったのに」

「そんなの今更よ。もう『天の岩戸』は開かれてしまいました」

 宇治大吾の今更なクレームも根岸さよはどこ吹く風である。

「で、何をおごってくれるの、学級委員様」

「うーん、そうねえ」

「考えてもなかったの?」

「ファミレスかな」

「それ普通の打ち上げと変わんないじゃん」

「まあまあ。一次会では味わえなかった濃厚さで満たしてあげるわ、あ、エッチなことじゃないから」

「わ、分かってるって言ってるでしょ。それにファミレスで何を」

「ははは、宇治君おもしろーい。うぶで」

「もう! 根岸さん!」

 ある意味で盛り上がっている男女高校生をしり目に、窓の外の雨は一向にやむ気配はなかった。

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