第2話

シーン1 その2


 拍手とともに演技を終えた一クラスが、グラウンドの隅の方に設けられた入退場門へ戻ってきた。業者が記念撮影のため、彼らを整列させている。宇治大吾はそれを一瞥して、耳は歓声を聞いていた。次のクラスが登場したのだ。大きなため息を一つ。緊張の色がくっきりと顔に浮かぶ。心臓の辺りをなでる。落ち着かない様子。すっかり変装したクラスメートたち、とりわけ普段つるんでいる男子が、にやけながらまたあきれながら宇治大吾に代わる代わる声をかける。大市しかり、岐原しかり、須賀しかりである。彼らにも役が割り当てられている。岐原は踊る役、須賀は太鼓を叩く役。宇治大吾には彼らが気楽に見えた。セリフもなければ、その他大勢の中に紛れて演じられるのだから。大市でさえセリフは一つで、後は体の動きで見せるのみである。

「羨ましいよ、みんな」

 主役スサノヲのセリフと動作の量はやはりクラス一に脚本されている。練習で何度とちり、家で自主練をどれほどしたことか。それでも前日までつかえずに完遂はできなかった。どこかしら瑕疵がある。

「まあ、最初より全然いいんだし、ほら、ここまで来たら思い切って楽しまなきゃでしょ」

 ずっとケタケタとしている根岸さよに背中を押された。字義ではなく身体接触的に。

「そうだけどさ」

 まだ宇治大吾は渋い。着替えをした教室で、先ほどタンブラーからソイラテで喉を潤したばかりのはずなのに、何かを飲みたいような気分になる。

「ばっちり漏らさず録るからね。後で鑑賞会をしましょうよ。あ、呼ばれちゃった。じゃ、期待してるからしっかりね、スサノヲ役の宇治大吾君」

 海原ちとせは高揚した頬を緩ませて、足早に本部席に駆けて行った。それは励ましのつもりだったのだろうが、宇治大吾にとってはプレッシャー以外のなにものでもなかった。

 また一つ拍手。一つの番が終わったのだ。入退場門では少しずつ喉が枯れていく業者のカメラマンが、やはり終えて来たクラスを整列させる。

 アナウンスが次のクラスを紹介した。音楽が鳴る。若々しい声が、日常の雑談でない割り当てられた声が聞こえる。緊張の色の声、それを振り切ろうとする声、まったくそれを感じていないだろう声、いろいろな声がグランドを駆け巡る。踊る。舞う。演じる。グランドのその様子が宇治大吾の目にただ映っていた。彼の頭は自分のセリフを復唱することでいっぱいいっぱいだった。

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