第19話 とっておき

先ず、鈴木くんのお腹、正確に言うと左横腹を中心に出血している。手で隠しているから詳しくはわからないけれど、それだけでかなり深くまで攻撃が食い込んだのが分かる。周りにそれなりの外傷は沢山あったけど、結局はその傷が一番痛々しく目立っていた。


「鈴木くん、お腹を見せて。とんでもなく出血してる。それに__いや、とにかく魔術で傷口を塞ぐね」


「感謝。そして先程の発言の修正点を発見。これは出血だけでなく骨にまで響いている。推測ではあるが左あばら骨を2、3番持っていかれた。言葉のあやを正すためにも以上の言葉に訂正を推奨」


「言わないで、そんなの知ってる。あなたのために言わなかったのに……」


「謝罪。これより体内魔力炉管をあばら骨に集中接続。治療を最優先事項に設定」


希望ちゃんの言葉通りに横になった鈴木くんは、しばらく動けないと宣言するように目を閉じた。私と対して身長も変わらない、歳だって差がないのに、一体どんな修羅場を潜り続けたらそんなふうになれるのだろう。そして何よりも、


「中島さん、魔力炉管の接続場所を変えるなんて、そんなことできるんですか?」


そうそれだ。高橋くんに台詞を奪われたというか先に言われたけど、普通はありえない。人間が自身の血管を自由に操らないのと同じだ。血管も炉管もちゃんとあるべき所へあるもの。指の炉管は指のもの、足の炉管は足のものなんだ。


「……鈴木くんはちょっと特別です、多分この子は普通に生まれてきた子じゃないのだと思います。生まれてきた意味、産まれる過程、あるいはそのどちら共が常識から逸脱しているのだと」


重い口を開けて淡々としている希望ちゃんの顔は見れなかったけれど、私と同じぐらいの背中は何かを語っているような気がした。彼のロボットみたいな喋り方とかもひょっとしたらそれが原因なのかもしれない。


身体能力、魔力炉管、生い立ちの全てが常人離れした鈴木くんは私達のために戦っていた。そしてその彼を治療することに専念している希望ちゃんも、震える体と握りしめる左拳でわかる。まだ闘志を残している。隣でウルタールを大切そうに持っている高橋くんも、いかにしてウルタールを返そうと必死に考えている。2世は鈴木くんを心配する様子を見せながらも決して逃げない、私の愛犬は本当に勇敢だ。


……ならば私も答えよう。みんなにわたしのちょっとだけ常人離れした特技を見せつけてあげよう。使私のとっておき、使うのはもう5年以上も昔の話だけれど大丈夫っぽい、体が覚えている。まあよく考えれば当然ね。これは私の秘蔵の技、これだけはお姉様にも真似出来ない唯一の特技だ。


でもここまで大掛かりなのは初めてだから、炉管が耐え切れずに破裂しちゃうかもしれない。……それでも鈴木くんの怪我に比べたら甘い。私なんてせいぜい指先の炉管が一時的に壊死しちゃうぐらいだろう。数十分の手の痛みぐらいのダメージどうということはないだろう、最悪回復魔術を体に巡らせればセーフだ。


「……私、行ってくる」


「まって下さい、伊藤さん!」


「だめだめ、やめて!」


「グワン!ワン!」


希望ちゃんが今現在手が離せないことをいいことに、私は盾の外に出る。出ないと私のとっておきは出せない。そのまま前進、近ければ近いほどいいってものよ、まあその分関根くんも危ないけれどここまで来ればお互い死ぬこと以外はおあいこだ。高橋くんと2世がついてきてしまったけれど、この後のことを考えたら丁度いいね。


私の存在に気がついたようだ、今にも攻撃を仕掛けんとまたまた触手を量産している。関根くんが危ない、さっさと済ませてしまおう。右腕を肩の高さまで上げる、人差し指の先には触手達、狙いは定まった。


「い、伊藤さん……?」


覚悟を決めた私がそんなに変なのか、それとも怖いのか、高橋くんは名前を呼ぶだけで私の前へは決して行かない。丁度いい、お膳立ては全部揃った。とっておき、開始。

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