第18話 惨劇
這い寄る音から耳を逸らし、純白の縦の元で耐え続けた。目を開ける事なく、何も聞くこともなく、何も感じることはなく。ただ心の中にある恐怖だけはどうあっても誤魔化しの効かないものではあったけれど。
音が消えた。数秒の静寂、数十秒の迷い、数秒後に私の顔を舐めてくる2世。私はゆっくりと目を開けた。
「希望……さん?」
「よかった、無事だったのね」
先ず目に入ったのは2世と私が勝手ながら心の中でちゃん付けしている希望ちゃんの顔だった。奥には柊の盾が、しかし純白の光はもうなく、あるのはせっかくの白が薄汚れた大きいだけの見窄らしい盾だった。それでも盾は術者を守ろうと壊れることなく堂々としている。気高さはまだ消えていない。
「ごめんね、こんなことに巻き込んじゃって、配給所ももう使えないよ……」
第二に見えたのは配給所だった。希望ちゃんの目線の先を見るが、そこには荒んだ街の憩いの場であっただろう以前の面影はなく、名状し難き触手によって破壊され尽くされた地獄だった。さっきの特大の攻撃の後をこれでもかと色濃く残している。
そこかしこに這いずり回り、削られ、打ち付けられた跡が残る地面はもう足の踏み場がない。壁に目を移しても同じだ、寧ろ今にも崩れ落ちそうな壁ばかりで、最早配給どころか壁に背を持たれて休むことされもできない。
そして何よりもゾッとしたのが、あんな特大魔術を使った後だというのに触手はピンピンしている。盾で全貌は見えなかったけれど、影でユラユラ動いているのが見えた。
「関根くん、魔力底なしなの?」
「ううん、そんな筈はないよ。確かに魔力量は計り知れないけれど、底はある。魔術は身体能力だもの」
そうだった、確かにそうだ。歌い続ければ喉を痛める。筋肉を酷使すれば疲れて最悪筋肉の腱が切れてしまう。魔術は魔力という名のナノマシンや電磁波で使う科学技術にして身体能力。必ず底があるはずだ、少し取り乱しちゃった、冷静にならないと。
「でもここまで魔術を使うのは流石に心配かな。これ以上長くなると命に関わるよ」
「え?……は、はい」
命に関わる。その発言で少しビクッとなったけれど、よく考えたら確かにそうだ。そんなに沢山魔力炉管を回転させると体にかなりの負担が伴うはずだ。人体だって高血圧になるといろんな病気のリスクが高まるように、炉管だって痛みを起こして破裂の危険性もある。
ぶっちゃけそれだけならまだいい、炉管が焼き切れるほど回転すると最悪死ぬ。炉管は脳や心臓をはじめとした身体の重要にして精密機関とも深く接合されている。一部の焼き切れ損傷ならまだしも全身の炉管が破壊されてしまうとそれ即ち死だ。それもだいぶ惨い感じの死だ。
「……とりあえず隣で倒れている高橋くんを起こしましょう。私は鈴木くんを。鈴木くんは直撃したかもしれまれん」
言われて気がついた。私の隣には高橋くんが倒れていた。2世がまるで起こすかのように顔をクンクンと近づけている。しばらく混乱した様子で、うなされる様だった。私が肩を揺らして名前を呼ぶと、ようやく目が覚めたようで、私と2世を交互に見ている。
「お二人とも、申し訳ございません。何度も助けていただいて、なんとお礼を申し上げたら良いか……」
起きて早々正座して謝るその真面目さは私には一生かかっても真似できない精神だろう。多分人生3回分ぐらいの経験積んだら真似事ぐらいは出来るようになるとは思う。
さて次は鈴木くんを心配したい。希望ちゃんが盾に隠れることができる範囲で探していたけれどその心配はない、触手の目を欺くように隠れながら盾の中に転がり込んできた。触手は私たちを仕留めたと思っているんだろう、まるで今夜は宴会だと言わんばかりに中央の黒い塊を動き回るだけに終わっていて、警戒していなかったのが好材料だった。それでも鈴木くんの怪我が酷いことには変わらなかった。
「鈴木くん、だ、だ、、、、」
「……推定。大丈夫だ、お前たちが無事で何より」
私は人生で初めて大怪我をした人間と話すもんだから、言葉がどうしても繋がらなかった。聞きたいことを聞くことすらも不可能だった、ここまで、ここまでするのか、関根くんは。
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