第16話 4人と1匹

「伊藤さん……」


「高橋くん!」


黒い影が蠢く中、弱々しく私の名前を呼ぶ彼を奮い立たせる。希望ちゃんは大丈夫かな。


「二人とも、急に押し倒したりしてごめんね。怪我はない?」


私たち2人を覆うように倒れ込んでいた彼女は、年齢も身長も私と大差ないだろう。それでも、今の彼女は本当にカッコ良かった。


「希望ちゃん、じゃなくて希望さん。あの黒いのなんなんですか!?」


もちろんの話かもだけど、一応言っておく。あんなの千代田区に絶対にいない。具体的にどれくらいかって言うと、散歩で公園を歩いていたら頭上から恐竜が降ってくるぐらいありえない。


ハッキリ言って未知の生物にも限度がある。見たことがないとか言う次元じゃない。色々脱線しすぎてなんかもう一周回ってコレ何?みたいな好奇心的なものが湧いてくる。


黒いそれはよく見ると触手のようでグニョグニョ、グチャグチャ、おまけにズズズって感じで這い寄り回っている。名状し難き怪物とはよく言ったもの。


「アレは……リーダーです。あんな風になられてしまって……」


「へ?アレ関根くんなの?」


「はい。私達チームのリーダーであり、救済組織の長たる関根さんです。ウルタールが見つからずに精神を病んでしまったのでしょう」


そんな事あるのか思ったけど、私は関根くんのことを何も知らない。希望ちゃんの方が詳しいはずだ。信じたくはないし想像もできないけれど、アレは関根くんなんだ。


「お二人とも、彼方に、鈴木さんが!」


高橋くんが指すその先、這い寄る黒い触手の真近く、鈴木くんがいた。何やら説得をするようにウルタールを見せながら話している。側には、2世だ!2世がいる。


どうしよう。この場で2世を呼べば、2世はもちろん鈴木くんにも気付いてもらえる。でもそれは関根くんにもバレると言う事。私のこと覚えているかな。と言うよりアレには知恵とか理性が残っているのかな。


「伊織、落ち着け!」


鈴木くんが声をあげた。心の臓が硬直する気配を感じながら気がついたら下を向いていた頭を上を挙げると。2世を横抱きにし、私達の元へ飛んできた。恐らく魔術で身体を強化したんだろう、かなりの飛距離だった。そのまま何食わぬ顔でシュタッと着地して、2世を下ろして駆け寄ってきた。


「2世!会いたかったよ!」


私は無我夢中で2世を抱きしめた。2世がいなくてこんなに寂しかったことはない。私の勇敢な愛犬は堂々とした貫禄ながらも、鼻息荒く尻尾を千切れるほどに振っている。


「鈴木さん、大丈夫ですか?」


「どうしたの!?」


「報告。リーダー関根伊織の暴走を確認。対策としてウルタールによる撹乱を試みるも眼中になし」


鈴木くんはすぐに関根くんに向き直り、側から見ても圧を感じるほどに睨みつけていた。


「どうすればいいかな……取り敢えず、何か手段を考えなくちゃ。私が2人と犬さんを非難させるから、雨月くんは護衛をしてくれるかな?」


希望ちゃんはとにかく退避を提案した。ひょっとしたら退路に怪我をしている人がいるかもと言葉を添えて。彼女にガッチリと強く握られた腕に、意思の強さを感じる気がした。しかし、ここで鈴木くんは、


「否定、このままではほぼ高確率で配給所が破壊される。関根伊織の無力化を推奨」


関根くんと戦うつもりらしい。ウルタールを高橋くんに押し付けて、今にも飛び出しそうだ。


「で、でも無関係の高橋くん達を巻き込むわけには……」


「忠告、今からナイフで自身の腕を切る。半径1メートルに近づかない事を推奨」


「待ってよ!」


一瞬何を言っているのかが分からなかった。そんな中でも、迷うことなくナイフを取り出した鈴木くんは勢いそのままに、腕を切りつけた。血が思ったより出ている、そんなに深くまで切ったんだ。


目の前で起こった急すぎる自傷行為に私は体が固まった。心臓はバクバクとしていたけれど、体は氷のようだった。左手の指先を2世がクンクンとしているのが唯一の温かさだった。


血潮魔術ちしおまじゅつ起動、変異型錬成開始」


鈴木くんの詠唱と共に、垂れ流れるだけだった血が集まり、光り、ねられ、槍に変わった。


血潮魔術、数多の魔術の1つではあるけれど、自身の血がないと発動できないのが原因で一般には普及していない。少量の魔力出力で炉管が起動できる、金銭がかからない、指向性に優れるなどの利点は多いけど、ハイリターンにしてハイリスクだ。少なくとも千代田区でこの魔術を使う人はいなかった。


「……しょうがないな〜。私も一緒にいるよ。雨月くん止血はしても回復はしないからね」


「疑問、伊藤妃芽花と高橋勇弥は?」


「ぼ、僕も行きますよ!ウルタールを関根さんに返さないと!」


3人が私の方を向いた。私は……地面を強く踏み締めてみる、足は動いた。2世の頭を撫でてみる、手は動いた。息を吸った、吐いた、身体は動いた。あとはこの空っぽの心を強くするだけだ。


……そんなもの、一歩踏み出せば充分だ。


「私も行く!2世もいるから怖くないよ!」


全員で目を合わせたのち、関根くんに向き直った。


「あの触手が、関根さんなんですか?」


「一部推定。正確には、触手の影に隠れている人型の黒い塊。現在は取り込まれている。提案、触手を駆除し関根伊織を引き摺り出す」


「じゃあ尚更4人と1匹の力が必要だね!」


「はい、頑張りましょう!」


私は、大きな一歩を踏み出した。

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