第14話 高橋勇弥
「高橋くん、私のこと覚えてるの!?」
「まあ昨日ぶりですから」
周りからコソコソと声が聞こえてくるけど知ったこっちゃない、まあ恥ずかしくはあったけど。でも今の私にとってそれは対してどうでもいい問題だったのは事実だ。
「あの、また迷子ですか?」
高橋くんはなんで私がここに来たのかイマイチわかっていないようだ。私はあなたのためにここまで来たんだよ、そう言いたくてたまらない。でも兎に角まずはゆっくり話ができる空間を作ろう。
「お話があるんだけど、その前に手伝っていいかな?」
「へ? は、はい。もちろんですよ」
私は古びたエプロンを来て、炊き出しを手伝うことにした。こんなことやるの初めてだからなかなか上手くできなかったけれど。
早く高橋くんと話したいな。なんて思っているなか、一つだけ気づいたことがある。それはここにいると男の人の、弱ってしまった人達の声や姿を肌で感じられた。
「ありがとよ……働いても働いてもちっとも給料貰えねえ」
「なんで千代田区の女はアンタみたいに優しい人がいないんだろうな」
「最近は希望さんやも天使様も助けてくれるし、いい人が増え始めてる。少しずつだが環境が良くなってる、諦めちゃいけねえな」
まるで自分を神様とまだ扱うかのような細々とした声、生活の大変さを愚痴る声もあった。千代田区に住むうちは、きっと聞くことがない言葉だった。うどんは全員に行き渡っているかなと奥を見れば、ろくに整地もされていない地面に男の人が寝ている。
合間にふと空を見れば、太陽に雲がかかっていた。元々薄暗い路地裏に、そのささやかな灯りはあまりにも頼りなく見えた。とりあえず今は無心でお手伝いをしよう、1人で考えていたら辛い事をいっぱい思い浮かべてしまう。そうならないように私は空元気な声を出して手伝った。
「ありがとうございます、伊藤さんのおかげで配給が早くに済みました」
終わって配給所の角で一息ついた後、高橋くんに声をかけられた。元々私から会いに来たはずなんだけれど、いつのまにか立場が逆になっている。
因みに高橋くんは私がうどんを配っている間ずっと鍋と睨めっこしながらうどんを茹でていた。でもちょっと動きが遅いみたいで、急かされているのが遠目から見てもよくわかった。
「配給があるたびに手伝ってるんですけれど、なかなか飲み込みが遅くって……」
「そうかな?私もこんなの初めてだからちょっと遅かったと思うよ」
高橋くんは自分の動きが遅いのが辛いみたいで、その後も自分の右足を左足でギュッと踏み締めている。
「そういえば、お話ししてもいいかな?」
このままだと高橋くんはずっと落ち込んでいるだろう、話をしたい。それに私はまだ彼に魔術議員のまの字も話してないんだ。うん、下手な小細工なんてしたくない。こんな時はド直球が一番だ。
「高橋くん、私ね……魔術議員になることにしたの」
「はい……はい?」
2つのはいを貰った。一つ目は物思いに耽っていてうっすらとした恐らく無自覚の返事、二つ目はその言葉の意味を理解した時のある意味本当の返事だ。しばらく言葉に迷った高橋くんをみて、ああ、やっぱり私はお姉様に比べてそんな感じじゃないのかなと迷ってしまった。
「そ、それは素敵ですね……」
そして社交辞令のような返しをされた。なんだか本気にされてないみたいだ。でもなんの心配もない、何故なら高橋くんにも協力してもらうつもりだからだ。いや高橋くんにとっては心配はないどころか心配しかないだろうけど。兎も角こうなれば高橋くんも本気になって私の声を受け取ってくれるだろう。
「高橋くん、これから私が作るチームに入ってくれない?」
高橋くんの目が困惑から焦りに変わっていくのは、とても印象的で、魔術議員が彼にとってどんな存在なのかが目に見えてわかった。
私はほら、お姉様がアレだからさ、多分魔術議員に関する印象って高橋くんとは真逆だと思うの。それでもいいんだ。私にとっては高橋勇弥彼こそが、お姉様よりも私に夢をくれた凄い人なんだ。私はただ一つ、付け足すように宣言した。
「私は本気だよ。魔術議員になることも、高橋くんをこうやって誘うことも、だからさ高橋くんも本気になって答えて欲しいな」
それは私の中では嫌ならいいんだよとか、同じ夢を持ってくれたら嬉しいなとか、ぜんぶをこめた言葉だった。
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