家畜牢獄横町 八王子・下層部

第9話 救済組織

全く違う朝が来た。八王子市の知らない銭湯で早朝からお風呂に入り、出てすぐに服を着替えて、先に待っていた岸本さんと牛乳を飲みながら魔術で髪の毛を結ぶ。こんなこと一度もしたことなかった。


「それでお嬢、高橋勇弥はどこにいるんすか?」


「知らない」


「え?」


「だからそれを聞きに行くの。救済組織なら多分知ってると思うから」


「お嬢友達増えましたね」


コーヒー牛乳を飲んでいる岸本さんと今後の方針を固める。昨日の夜寝る前に魔式スマホで、救済組織 八王子市 と探ってみたところ、無事にヒットした。「八王子市市民救済組織」。


車の中で寝るなんて初めてだったから全く寝付けられず、スマホをいじってるときにふと思い出して探したんだ。8人乗りの大きな車だから、岸本さんが座席で座って寝て、2世と私が後部座席を開いて寝ころぶ体制で寝ていても、全く狭くはないし、むしろ後2人は入る。それでも寝付けなかった、慣れるしかない。


「とりあえず車に戻りましょう、パト公が腹すかして待ってるっすよ」


うん、そうだね。とりあえず車に戻って朝ごはんをあげないと。春なのにクーラーをガンガンに効かせた2世が快適な空間に出来上がった車内で、ドッグフードを与える。これでよし、早いとこ救済組織に向かわなきゃ。


「これから救済組織に連れて行って欲しいんだけど……道案内しようか?」


「カーナビで行くので大丈夫っす。あとお嬢は方向音痴だから一生辿り着けません」


「カーナビで行けるの?そんなぞんざいな地図で。まあ私はスマホの地図も使えないけどさ」


「……お嬢が使える地図なんて出来たらそれはもうノーベル賞級ですよ」


そんな何も言い返す言葉も浮かばないもっともな話をしながら、八王子市市民救済組織へ走らせた。広間に着いた時は、2世の散歩がてら道中のお弁当屋さんで朝ごはんを買って、少し休憩。2世は初めて見る空間に興奮マックスって感じだった。


「八王子市って怖いとこだけど、街並みな綺麗だね」


私に一生残らないトラウマを植え付けたかも知れないこの街は、朝というだけあって流石に静かだったけど、いまから会社に行かんとする女性で少しづつ賑わいを見せ始めている。中央にはあいも変わらず大きなタワーだ。お弁当を買わない代わりにおにぎりに齧り付いている岸本さんが口を開けた。


「ここが所謂観光者向けの所だからっす。観光者向けのところと実際の住人が住んでるところが全然違うなんてよくある話すから」


まあもっともこの街は男性をスラムに住ませて女性しか人権を与えないようにするってのが常套手段みたいだけど、と言いながらまたおにぎりを口に運び始めた。この街は……やっぱり辛いね、悲しくて、そのくせ住んでる女の人たちはすごく幸せそうで、なんとも言えない気分になってくる。


半分の人間が幸せで、半分の人間が不幸な街なんて、やっぱりおかしいよね。


私もお弁当を口の中にかき込んで、休憩終わり、救済組織に急ごう。車を走らせるとわかる、迷い続けて偶然迷う込んだ時よりも更によく。街がどんどん変わっていく、高層ビルが無くなり、綺麗なお家やお店が無くなり、その代わりコンクリートで出来た無機質な建物が増えてくる。


華やかな街と廃れたスラムのちょうど間に、救済組織はあった。鉄筋コンクリートで出来た小さなビルで、奥の方を見れば受付のようなものがある。


「お嬢ここは危ないっすから、俺の後ろにいてください。パト公はお留守番ッス」


岸本さんから2歩ぐらい離れた距離から着いていくことにした。救済組織と思わしきビルの入り口に入ると。受付の女の子が話しかけて来た。私より身長が高いけど、多分ちょっと年上程度だろうな。


「はいはい!どしたのー観光?それとも迷子?救済組織が助けてあげるよ!」


名札に小倉乙おぐらおとめと書かれたギャルっぽい見た目の女の子だ。兎にも角にもここが救済組織ってのは間違いないみたいだ。私は岸本さんよりちょっと前に出た。


「すみません、高橋勇弥君を知っていますか?茶髪で背が高くて、ヒョロっとしてる人なんですけど……」


後ろから聞こえる岸本さんの声を尻目に、高橋勇弥に専念する。


「ああ、勇弥っちね。あいつ女の子の友達いたんだ!大丈夫、勇弥はよく被害にあってる要注意被害者の1人で、いつもどこら辺にあるかとかは管理してるんだ!」


とりあえず上がって。勇弥の事を教えらがてらお茶を用意する。そう言いながら、彼女は目の前の魔術式のゲート?のようなものの準備を進めた。


「あの、これはなんですか?」


「これ?救済組織の中に入るにはこのゲートを潜ってもらいまーす。別の場所に転移するとかそういう大層なもんじゃないけど、その人の体調とか栄養状態、魔力状態を見れるんだ。まあただの健康診断の上位互換ってこと!」


すっすごい。そんなものが八王子を始めとする外の世界にはあるんだ。2メートル以上もあるそのゲートは、小倉さんが魔力を回して稼働している。


「うー、ボロが来てる。救済組織は財政難だから直したりも出来ないんだよね。やっぱりぐらいの魔力量がなきゃ長時間は無理かな?」


稼働できる時間が少ないかもだからどんどん入ってと催促され、まずは岸本さん、その次私と入る。因みに診断結果はビル内のモニターで見えるらしい。管理しているのは小倉さん曰く超が付くほどの堅物らしいから、悪用される心配もないとのこと。


午前 10:21

一 男性 172㎝ 64㎏

  健康状態 異常なし

  魔力 22 水 

  魔力状態 良行


二 女性 149㎝ 47㎏

  健康状態 異常なし

  魔力 27 測定不能(精密検査推奨)

  魔力状態 正常


こうして私たちの高橋勇弥捜しは幕を上げたのである。

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