挑戦状

リュウ

第1話 挑戦状

 新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言。

 コロナウイルスの感染拡大を防止するため、飲食店の営業自体短縮や外出自粛、テレワークの徹底が続いていた。

 ウイルスを家の中に持ち込まないための着替えや除菌。

 やらなければならないことが増える毎日だった。

 ストレスを発散する場所も無く悶々とした日々が続いていた。

 この苛立ちが、少しずつ言葉になって出ていき、トラブルを生む。

 僕と美咲もそうだ。

 この前も、美咲から職場の悩みを打ち明けられたときも、対応策を言う僕を停めて、

「違うの、訊いてくれるだけでいいの」と口を尖らせていた。

 美咲とは、幼馴染で高校までは一緒。

 周りからは、公認のカップルだった。

 美咲との関係はというと、いつも一緒なので、曖昧のままと、言うか。

 僕が、ハッキリさせるのが怖かったかもしれない。

 美咲を失うと、今までのことが全て失われてしまうような気がしたからだった。

 最近は、僕の方が参っていた。

 勤め先のトラブルで、ちょっとした行き違いから上司と上手く行かなくなっていた。

 頭が一杯の時に、美咲とやりあってしまった。

 あれから、音信不通。

 あやまった方がいいかなと思っている時、美咲から電話が入った。

 たわいない話から、運動不足の話に移っていった。

「ハシルって、走ること?」

「何言ってのよ。ハシルは走るよ」

 考えてもみなかった。こんな時に『走る』なんて。

「ライン、送るね」と言って電話を切られた。

 もう、何年も走ってなかった。高校卒業してから走ってなかった。

 考えてみれば、何年も転んでいない。子どもの頃は、走ったし、よく転んだ。


 しばらくして、美咲からラインが入った。


<挑戦状。

 僕の目の前に、挑戦状を突き付けた。

 河川敷のサイクリングロードを堤防端までのコース。

 明朝五時、ミライ橋の前に集合。

 敗者は、勝者の言うことを訊くこと>


『何だこれ?

 チョウセンジョウ?

 僕に勝てると思ってるの?

 僕、高校の時、陸上部だったのに(補欠だけど)。

 受けてやろうじゃないの!』


<参加希望。

 何でも訊いてくれるんでしょ>

 と返信した。


<いやらしいこと考えてる?

 マスクを忘れないでね。コロナ対策でしょ。

 一人で来いよ。逃げるなよ>


 僕は、美咲の挑戦を受けた。

 ぜってぃ勝てやる。

 僕は、久しぶりにストレッチして、寝た。


 朝、五時。僕は、ミライ橋に来ていた。

 まだ、美咲の姿が無かった。

 息が白い。ピリとした寒さが肌に気持ちいい。

 まだ、暗いけど空には雲は無かった。

 五時十分。

 やっと、美咲が現れた。

『ワリィ』と、片手を上げた。

「よっ、おはよ。遅いじゃん」

「女の子は、遅れるものよ。」美咲は、軽いストレッチで身体をほぐしていた。

「さぁ、始める?」美咲は、ニコっと目だけで笑った。

「ホントに、勝ったら何んでもしてくれるの?

 俺、勝っちゃうよ。男だし、元陸上部だしさ……」

 美咲は、「ドン」と言うと走り出した。僕の話が終わってないのに。

 以外と早い。

「待てよっ」僕は、慌てて追いかけた。

 美咲を淡々と走る。

 小刻みいいステップ。

 ぶれない身体。

 綺麗なフォームだ。見とれてしまう。

 改めて見ると、綺麗な身体だ。引き締まったお尻。

『おっと、そんなこと考えられねぇ』

 と、自分に鞭を入れて加速した。

 段々と美咲に近づいてくる。

 僕の足音が聞こえるのか、チラと振り向いてくる。

 海が見え始める。薄っすらと海が明るくなり始める。

 僕は、追いついて、美咲の右に並んだ。

 ゴールまで、五十メートルと近づいていた。

「早いねぇ」美咲に声を掛ける。

「遅かったじゃん、尻なんか、見てんじゃねぇよ」

 美咲は、ギヤを上げスピードを上げた。

 早い。

 僕は、慌ててスピードを上げたが、追いつけなかった。

 尻を見ている事を指摘されて動揺したためだ。

 僕の考えることは、見透かされているのがショックだった。

 美咲との差が縮まらない。

『そうだ、美咲も陸上部だった。くそっ』

 必死に美咲を追いかけた。

 すると、僕の身体に異変が起こった。

『呼吸が苦しい……』

 呼吸が荒くなる。

 ドンドンとペースが落ちる。

 身体が付いてこない。

 差が縮まることがなく、美咲がゴールしていた。

 その場で、足踏みをして、こちらを見ている。

 僕に向かってVサイン。

『やられた……』

 僕もゴールして、美咲の横に倒れこんだ。

 思わず、マスクを外して深呼吸。

 美咲をみると、最新式のスポーツ用マスクをしていた。

「ナ・ニッ・その・マスク?」

 美咲は、ニヤニヤしながら答えた。

「最・新・式だよ」

 と言って、マスクを外し僕の目の前でヒラヒラと見せびらかした。

「反則じゃん」

「反則じゃないよ」

 美咲を僕に手を差し出した。よいしょと僕を立たせてくれた。

「見て、キレイ」

 日の出だった。

 久しぶりだ。日の出を見るなんて。

 風が心地いい。

 二人は、しばらく日の出を眺めた。

「美咲、僕にお願いって?」

 美咲は、うつむき顔を上げた。

「ずーっと、一緒にいて」

「僕も、一緒にいたい」

 僕は、美咲を抱き寄せた。

 美咲の汗に匂いがした。

 日が二人を温かく照らしていた。

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挑戦状 リュウ @ryu_labo

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