絶海の孤島
ある男は絶海の孤島にいた。海は寄せては返すを繰り返し、泡が立ち上がっていた。紅い海は人を飲み込んで一切放すことがないようだ。この血液の海が流れる孤島では為す術もない。
男は飛行機に乗っていた。飛行機で静かなバカンスを待ち望んで寝ていたら、知らぬ間にこんなところに来てしまっていた。飛行機が墜落したのである。飛行機は錐揉み状に海に落ちていき、我武者羅に泳いでいたらここに着いたのだ。
目が覚めるとこんなところにいた訳だ。
眼の前の道を通るとある男がいた。その男は紅の双眸を持ち、口からは蒸発せんばかりの熱風を出していた。しゅしゅしゅと異常な音を出し、男は言った。
「みいつけた」
男は逃げたのである、自分が異常な男に見つかった瞬間、その者にやられ、そして取り込まれると思ったからである。そして実際、取り込まれるという表現は彼にとって的を得ていたのである。男は追いかけてくる、紅い川の流れるほとりで、銃が一丁側に落ちていた。男は言った。
「早く出てこないと殺すよ、見つけても殺すんだけどね、イヒヒヒヒ」
にひひと不気味な笑い声を上げるその男は不思議と男がまだ近くにいた事を見破っていたのであった。
男は空を見た、空も紅く、月が紅蓮の色を渦めきだしたからである。この空と月と海が織りなす瘴気に当てられてしまっては自分も同じ目に合わされるのではないかとさえ思ってしまう。男はリボルバーのシリンダーを見る。弾は一発も減っていない。男はモデルガンで銃を弄ることに長けていたため、リボルバーの弾を確認し、狙い撃つのは造作も無い。銃を強く握れば握るほどに手が震えた、銃を構え、男に向ける。
男は自分が銃を突きつけられていることに気づいていないんじゃないかと言う程に眉根一つ動かさない。こちらにやってくるのだ。
男は言った。
「動くな、これ以上動いたら撃つぞ」
男は関係なしにこちらに寄ってくる。男は引き金に指をかけた。
1、2、3。
頭の中で三つの数字を数える。
パン。
思ったよりずっと軽い音がなった。
思ったよりずっと引き金は軽かっ
た。
男目掛けて発射した弾はしっかりと男に命中し、男は死んだ。俺が男を殺したのもこれも瘴気のせいなのだろうか。
男がイカれていたのか、それとも…自分がイカれていたのか。この瘴気にやられてなければ、よもや銃で発砲することなんてなかったかも知れぬのに。
紅い血の海は寄せては返すを繰り返し、紅の泡を吹いていた。人々はこれを見て何を思うのだろうか?
私はどうやってこの孤島から帰ろうか。
空名のフラグメント 島村抱月 @arogatou
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