第12話 辺境伯、疑う

「……今、なんと言った」

 地の底から響いてくるような、低い静かな怒りを含んだ声が、ホールに響く。

 ここは、フォルトナー辺境伯の領地に建つ、頑強な城、そのホールだ。


 まず、上座の領主の椅子に、リリスの父でもあるフォルトナー辺境伯が座り、その両隣に、リリスの兄二人が左右に並び立つ。


 そして、下座に、王都からの伝令が膝を突いている。


「……ですから、ご息女リリス様は、勇者一行との旅の中で、栄誉の戦死を……」

 伝令の額に汗が流れる。

 辺境伯と、嫡男のアベルの威圧感が特に鋭いのだ。そして、対客用の笑顔を浮かべているらしい次男カインの笑顔がむしろ怖い。


「……死んだだと? 遺体は? 証拠は?」

「それが、巨大な魔物に森の中に引き摺り込まれたとかで、術もなく……」

 伝令の男は、さっきから、ただただこんな説明を繰り返すばかりである。


 ーーらちがあかんな。話にならん。

 辺境伯はそう思った。


「もう帰っていただいて結構。ああ、国王陛下には、検討の上、後日それ相当のお返事をさせていただくと伝えておけ」

 伝令は、ただただこの場を離れたかった。辺境伯とはいえ臣下の一人。その彼の言葉が、どれだけ国王に対して不遜であったとしても。

 咎め立てなどして、話を長引かせたく無かったのだ。

「はっ! ご伝言承りました!」

 そう言って、伝令は逃げるように去っていった。


 その背中が消え去るのを待たずに、さっさとホールの扉を閉じさせ、父子は会話を始めた。

「……どう思う」

 辺境伯が問うと、まず、嫡男アベルが口を開く。

「リリスが戦死? それも魔獣如きに? あり得ません。あれは、武を持って名高い我が家の中でも一番強い娘なのですから」

 その兄の言葉に頷いて、カインが口を開く。


「あの子の力を、国と勇者がどこまで把握しているかはしれませんが、あの子は一騎当千。過去の英霊を召喚できる、彼女固有の【英霊召喚】のスキルを持ちます。しかも複数です。兄上のいうとおり、まず、戦死などないでしょう」


 そこで、カインがニヤリと笑う。

「あるとすれば、仲間の裏切りによる不意打ちぐらいしか、考えつきませんねえ……。いずれにしても、あの報告は虚偽のものでしょう。まあ、まずは、我が家の力を持って、真実を探るべきかと思います」

 辺境伯と兄アベルが同意するといった様子で頷いた。


召喚サモン僕の可愛い小鳥達」

 すると、幻影のように無数の色とりどりの子鳥達が、カインの周りに現れる。小鳥達も、その姿と異なり、鳥ではなく精霊の類である。

「「カイン様どうしたの〜?」」

「何か調べ物かな〜?」

 口々に小鳥達が囃し立てる。


 そんな愛らしい小鳥達に、カインがお願いをするように優しく指示を出す。

「そうなんだ。僕の可愛い妹、リリスを知っているよね?」

 すると、再び小鳥達が口々に囃し立てる。

「ピンクの子〜!」

「つよつよの姫様〜!」


「そう。ちゃんと覚えていてくれて嬉しいよ。でね、あの可愛い子の行方がわからなくてね」

「大変〜!」

「姫様、迷子〜!」


「探してきて欲しいんだ。それか、彼女の噂を聞いたら、それも教えて欲しい」

「え〜っと、どこまで飛べばいい〜? 国の中だけ〜?」

「もっと飛ぶ〜?」


「魔族領の近くだとか言っていたから、いっそ魔族領内も探せばよかろう」

 父である辺境伯が口を挟んだ言葉に、カインは頷く。


「えっとね、ちょっと大変かもしれないけど、魔族領も探してくれないかな?」

「りょ〜か〜い!」

「僕たち、頑張る〜!」


 そうして、一斉に小鳥達が窓という窓から飛び立っていった。

「さて、何が出てきますかね。僕達の可愛いリリスに何をしたのやら」

 そもそも、妹が死んだなどと信じてもいないカインは、ニヤリ、と笑う。

「出てきた事実によっては……」

 もう一人の兄もニヤリと口の端をあげる。

「我が辺境伯領の全力を持って、リリスに害をなしたものに、制裁を加えなければな」

 リリスの父、辺境伯の目に、好戦的な笑みを漏らすのだった。

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