第4話 召喚師、魔族になる
十数体の英霊を見せつけたところで、陛下が「降参だ」と言って、両手を肩の高さにまで上げて、首を横に振られた。
「リリス、そなたの能力はよくわかった。彼らは帰ってもらってくれ。落ち着かない」
陛下がそういう通り、ベルゼブブを筆頭に、驚愕に目を見開きながら他の二人も武装体制を取っている。
「わかりました。皆、ありがとう。還ってちょうだい」
そう一言私が命じると、英霊達は光になって消えていく。
「……気になるのは、なぜそなたが、勇者から裏切られたか、だ。あれだけの力を持つものを失ったとしたら、国レベルの損失だろう」
そう言われて、私は、改めて、はて、と首を捻った。
「どうしてかしら?」
私以外の全員が、こけっと脱力したように見えたのは気のせいかしら?
「リリスちゃん、何かないのかしら?」
アスタロト様が、辛うじてフォローを入れてくださった。
「そういえば、勇者は『俺の言う通りにならない女はいらない』とか言ってましたね」
「「「それだ!」」」
陛下まで合唱なさっている。魔族って意外と仲が良くて楽しい人たちなのね。それに、親切だし。
「リリスちゃん、その線で、何か思い当たること、なぁい?」
うーん、思い当たること……。
「私以外のパーティメンバの全員が勇者と寝てたこと」
「「「え」」」
「前の番、野営をしていたときに、テントに忍び込まれて、『愛してる』とかなんとか言われて服を脱がされそうになったんで、英霊呼んで、彼のテントにお返ししたこと」
「「「……」」」
「私、ああいう能力ないくせに、チャラチャラした男好きじゃないんですよねー」
「くだらない。実にくだらない……」
魔王様は、膝の上に肘を乗せて手を組み、その上に頭を乗せて呟いた。
「あ、すみません。調子に乗りすぎました……」
「いやいや、くだらないのは、勇者のことだから、大丈夫だよ」
アドラメレク様が、私の肩をぽんぽんと叩く。それはまるで私を労うかのようだ。
「まあ、馬鹿な勇者は放っておいて、まずはこの子!」
アスタロト様が、話を戻してくれた。
「……あなた、行き場あるの?」
うーん、行き場。
実家はあるし、家庭内関係は問題はないんだけれど、私が生きてあの国に帰ること自体が問題なんだろうなあ。
「……多分、私があの国に生きて帰ること自体が問題そうです」
「まあ、多分、あなたを殺したのは魔族だと言い訳をしていそうよねえ」
「私、行き場ないですねえ」
あはははは、と後頭部を叩いて笑う。いや、もう笑うっきゃないでしょ、この状況。
実家に帰ったら帰ったで迷惑かけそうだし、王都には、私は死んだと報告されているんだろうし……。
「……いっそ、魔族にでもなるか?」
「ふえ?」
唐突な提案に、なんだか私から変な声が漏れた。
「魔族になるときに、年齢も調整可能だし。案外あなたとバレずに生きていけるんじゃないかしら?」
「……ただし、仕事はしてもらうぞ。俺は忙しいんだ」
アスタロト様が優しく勧誘してくださる横で、陛下が、ビシッと告げた。
「仕事は、生きていく上で、糧を得るために成さねばならないことですから」
「な、なんて健気でいい子なの!」
よくわからないけれど、アスタロト様に抱きしめられた。
「陛下。一つお聞きしても良いですか?」
私が、アスタロト様の腕の中で陛下をじっと見据える。
「なんだ」
「魔族は、人間の国に率先して攻めようとしますか?」
その問いに、部屋がしんとなる。
そして、その静寂を破ったのはアドラメレク様だった。
「あっははは。魔族が人間を攻めるかって? 興味ないなぁ」
そして、ベルゼブブ様。
「……あやつらは、やたらと勇者を召喚しては、陛下を打ち倒せと担ぎ上げる」
「迷惑なのよねー」
と言うのは、アスタロト様。
そっか。
戦争をしているのは、人間だけなんじゃない。
そして、相手にもされていない。
ーー実家は、少し気になるけれど、今の私に何かできることもない。
お父様、ごめんなさい。
「私を魔族にしてください」
◆
そうして、冒頭へ戻るのだ。
「こんなの、きいてないわよーー!」
私の絶叫が、魔王城の魔王陛下の執務室に絶叫が響き渡る。
だがその声は、かつて昔に聞いた懐かしい子供時代の私の声。
「な……」
魔王様を含め、部屋にいるものたちが、私の『この姿』を見下ろして、ぽかーんと口を開いている。
「あ、……薬の調合間違えた」
そう言ったのは、魔王陛下の配下の四天王の一人であり、宰相であるアドラメレク。
「……すみません。基本、若返りのエキスを入れるのが定番なので、抜き忘れ……ました」
アドラメレクは、額から冷や汗を垂らしている。
私は、山のように積み重なるドレスの布地をたくし上げる。サイズが合わない靴は放り投げた。そして、なんとか歩きながら、部屋にある姿見の前に立つ。
「……よーじょ」
そこにいたのは、濃いピンクの髪と、赤い瞳、そして、肩がずれ落ちたぶかぶかの豪奢なはずのドレス。
そして、かつて四歳程度だった頃の私が、小さなくるりと丸いツノを二本生やして立っていた。
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