第一章 ダンジョン内転移の覚醒 その4

『ダンジョン攻略報酬 レベルが5アップしました』

『レベル:224→229』


『ダンジョン攻略報酬 レベルが5アップしました』

『レベル:269→274』


『ダンジョン攻略報酬 レベルが5アップしました』

『レベル:334→339』


『ダンジョン攻略報酬――――


 その翌日からも、俺は順調にレベルを上げ続けた。

 ゴブリン、コボルト、グレイウルフはもはや敵ではない。レベルが300を超えたあたりからはボスのハーピーでさえ、跳躍してからの一振りで討伐できるようになっていた。

 レベルアップ時に取得したSPの使い道としては、まず鑑定を獲得し、それからは身体強化に注ぎ込むことにした。

 その結果、身体強化はLV‌10(MAX)になり、新たに剛力、忍耐、高速移動のスキルが獲得できるようになった。それぞれが攻撃力、耐久力、速度のパラメータを上昇させる優秀な中級スキルだ。周回の効率を上げるため、俺はその中から高速移動を選択した。

 跳ね上がる速度。どんどん短くなっていく攻略時間。

 最終的には、一時間もかけずに攻略できるようになっていた。

 その結果、この四日間で夢見ダンジョンをなんと三十回も攻略することができた。

 そして、ステータスはこのように変わった。


 ―――――――――――――――

【天音 凛】

 レベル:374 SP:210

 HP:3030/3030 MP:710/710

 攻撃力:760 耐久力:560 速 度:800

 知 力:540 抵抗力:560 幸 運:520

 スキル:ダンジョン内転移LV‌10・身体強化LVMAX・高速移動LV3・鑑定・アイテムボックスLV1

 ―――――――――――――――

【身体強化LVMAX】:攻撃力、耐久力、速度の各パラメータを+100。

【高速移動LV3】:速度を+300。

 ―――――――――――――――


「順調……すぎるくらいだな」

 レベルも、ステータスも、スキルも。全てが驚くほど順調に成長している。

 このままいけば、本当にただダンジョンを周回しているだけで、レベル10万超えも夢ではないかもしれない。

 そんな風に淡い期待を抱いてしまう。しかし、ただひたすらにダンジョンを攻略してレベルアップする日々に変化が訪れたのは、その翌日のことだった。


   ◇◆◇


 その日、夢見ダンジョンに行くと、いつもより冒険者の数が多いことに気付いた。

「あっ、そっか。今日は土曜日だ」

 休日になると、ダンジョンには冒険者が増える。

 普段は会社員や学生をやっている者たちが、休日にだけやってくるからだ。

 レベルシステムの仕組み上、格上の魔物と戦ったりなどの危険を冒さずとも、安全に探索できるダンジョンを攻略するだけでもレベルアップは可能。ステータスの上昇は日常生活においても利点が大きいため、こういった層が多くいたりする。

 いわゆる、週末冒険者というやつだ。

 それに週に一回しかダンジョンに来ないのであれば、一週間のスパンはそれほどの弊害ではない。何の憂いもなくダンジョンを攻略することができるのだ。

 ここ夢見ダンジョンは、道中の魔物から得られる経験値や素材はお世辞にもいいとは言えないが、攻略報酬だけならそれなりなため、そういった層には需要があるのだろう。

「ダンジョン内転移を使うところを見られないようにしないとな」

 小さくそう呟いたあと、俺は帰還区域に向かうのだった。


 ダンジョン内でもできるだけ他の冒険者と出くわさないように注意しながら、順調に四周を終える。ここ数日の中で最もペースがいい。この調子なら十周超えも狙えるだろう。

 そう思いながら、本日五回目となる最下層に辿り着いたその時だった。

「……なんだ?」

 ドタドタドタと、複数人の足音が聞こえてくる。音がする方に視線を向けると、高校生から大学生くらいであろう年代の男女が四人、焦った様子で通路を駆けていた。

「今のうちに早く逃げるぞ!」

「分かってる! さすがにあの数を相手にするのは無理だわ!」

「俺たちだけでも生き残るんだ!」

 そんな会話を繰り広げながら、彼らは慌ただしく走り抜けていく。

 それを聞き、俺はある違和感を覚えた。

「俺たちだけでも生き残る……? っ、まさか!」

 最悪の可能性が頭の中に思い浮かぶと同時に、その声は響いた。

「誰か、助けてください!」

 助けを求めるその声は、四人の男女がやってきた方から聞こえてきた。

 これはもう、間違いないだろう。

 俺は速度パラメータを全開にして、全速力で駆け出した。

 そして数秒後。辿り着いた場所には、なんと三十匹近いグレイウルフに襲われている一人の可愛らしい少女がいた。装備を見るに魔法使いタイプだろうかと推測できる。魔法使いタイプがソロでダンジョンに潜ることはまずありえない。ということは――

(やっぱりそういうことか)

 その光景を見て、俺は確信を抱いた。

 グレイウルフのレベルは平均して100前後。ダンジョンボスのハーピーよりは20レベルほど低いが、問題はその数だ。120レベルの魔物を一体相手にするより、100レベルの魔物を同時に三十匹相手にする方が難易度は各段に高い。

 先ほどの男女は、この少女を囮にして自分たちだけ逃げ出したのだろう。

 ダンジョンにおいてそれは許されざる行為。彼らの身柄を捕らえダンジョン管理人に差し出すべきだ。……が、それより先にするべきことがある。

「グルゥ!」

「きゃあっ!」

 獰猛な牙をむき出しにし、今にも少女を襲おうとしているグレイウルフ。

 そんなグレイウルフに対し、体を震わせながら悲鳴を上げる少女。

 俺は力強く地面を蹴り、少女とグレイウルフの間に入ると、手に持つ短剣を振るった。

「はあッ!」

 その一撃によって、グレイウルフの胴体は真っ二つに両断された。

「……えっ?」

 背後から聞こえる戸惑いに満ちた少女の声。俺はそんな彼女に一言声をかける。

「もう大丈夫だ」

 そしてそのまま、グレイウルフの群れと戦闘を繰り広げる。

 グレイウルフたちは俺を脅威と見るや連携を取って攻撃を仕掛けてくるも、その全てが無駄に終わる。俺が振るう刃が、次々とグレイウルフの命を摘み取っていった。

「す、すごい……」

 俺の背後で、少女が驚愕したようにそう呟く。

 そして、戦闘が始まってから約二分後――

「おまえで最後だ!」

 ――ラスト一匹の討伐を終え、無事に少女を救い出すことに成功した。

 短剣をその場で数回振るい、付着したグレイウルフの血を振り払った後、アイテムボックスの中に戻す。そしてゆっくりと少女のもとに歩いていく。

 しかし、少女は地べたに座り込んだまま立ち上がろうとはしなかった。

 大丈夫だろうか? 救援に間に合ったと思っていたが、もしかしたら俺が到着する直前に攻撃を受けていた可能性もある。

 俺は少女に手を差し伸べながら問いかけた。

「えっと、大丈夫か? 怪我とかは」

「し、してないです。ちょっと腰が抜けちゃっただけで……その、助けてくれてありがとうございますっ」

「ああ」

 少女は礼を告げた後、俺の手を掴んで立ち上がろうとする。しかし――

「きゃっ」

「おっと」

 うまく膝に力が入らなかったのか、がくんと少女の体が倒れそうになった。

 俺はとっさに彼女の体を受け止める。しかしそれがさらなる事態を生んだ。

 俺と少女の体は密着し、さらに顔が急接近してしまったのだ。

 少女の可愛らしい顔が間近に迫ったことによって、胸の鼓動が速まるのを感じる。ただ俺以上に少女の方が動揺していたみたいで、一瞬で顔が真っ赤になっていた。

「っっっ!」

 直後、ものすごい動きで後ずさり、俺から距離を取る。

 ……そ、そんなに俺が近くにいることが嫌だったんだろうか?

 なんだろう、心がちょっぴり痛い。とはいえ嫌がらせてしまったのなら謝らなければ。

「悪い、急に倒れてきたからつい。迷惑だったよな」

「そ、そんな、迷惑だなんてとんでもありません!」

 少女は全力で首を左右に振り、俺の取り越し苦労だったということを伝えてくれる。

 嘘を言っている様子ではないし、素直に信じてもいいだろう。

 そんなことを考えているうちにも、少女は俺に向けて笑顔を浮かべると、

「あなたのおかげで助かりました。本当に、ありがとうございました!」

 頭を深く下げ、お礼を告げるのだった。


 その後、少女から先ほどの状況に至る経緯を聞いた。

 まず初めに、少女の名は西さい。現在は十七歳で、四月からは高校三年生になるらしい(ちなみに今は三月下旬)。十七歳の誕生日を迎えた数か月前に冒険者になって以来、週末だけこうしてダンジョン攻略にやってきているとのことだった。

 葛西さんの言葉を聞いた俺は、ダンジョンに関するルールを思い出す。

「そういえば、今は十七歳から冒険者になれるんだったな」

「はい、今年度から変わったみたいです」

 約二十年前、世界中に突如として出現したダンジョン。

 月日が経ちダンジョンについて少しずつ明らかになっていく中で、幾つかのルールが制定されるようになった。

 そのうちの一つとして、十六歳未満はダンジョンに入ってはいけないという世界共通の決まりができた。ダンジョン内では常に何が起きるか分からず、命を落とす可能性がある。そのため、最低限の分別がつく年齢になるまで入れるべきではないとされたのだ。

 とはいえ、十六歳はあくまで最低基準。国によってはそれより上の年齢を基準にすることもあり、日本もそのうちの一つである。子供をダンジョンに入れるべきではないという世論の声が強く、つい最近まで十八歳未満は冒険者資格を取れなかった。

 しかし、現代では国が保有する強力な冒険者の数こそが、国家の地位を左右するとまで言われるようになった。その結果、日本でも冒険者を増やすための施策を取るべきだという意見が多くなり、試験的に今年度から十七歳に引き下げられたのだ。

 現時点で特に大きな問題は起きていないため、四月からはさらに十六歳まで引き下げられるとの噂もあるが……なんにせよ、そのルール変更のおかげで葛西さんは十七歳でありながら冒険者になれたのだろう。

 そんなことを考えながら、俺は思わず「はあ」とため息をついた。

 それを見た葛西さんが小首を傾げる。

「あの、どうかされたんですか?」

「いや、年齢制限の引き下げがあと一年早ければ、俺も学生の頃から冒険者をやれたのになと思って……っと、そんなことより、葛西さんはどうしてあんな場所に一人でいたんだ?」

「実は……」

 葛西さんが話してくれた内容は、俺が予想していたものとほとんど相違なかった。

「まとめると、今日だけ臨時でパーティーを組んだ相手と一緒にダンジョンに潜ったはいいものの、グレイウルフの群れと遭遇。葛西さんだけが囮として取り残され、他の奴らは逃げていったってわけか」

「はい、その通りです……」

 しゅんと肩を落とす葛西さん。

 やはり、あの時見た四人の男女が葛西さんを置き去りにしたようだ。

 ダンジョン内でどんな事件が起きたとしても、外部の人間にそれがバレることはない。だからこそ、逆に罪自体は通常の犯罪以上に重いものとされているのだ。

 中でもパーティーメンバーを囮にすることは重罪中の重罪。冒険者法に則れば最低でも冒険者資格の剥奪は確実だし、それ以外にも様々な罰則が科されることだろう。

 ……彼らははたして、それを理解していたのだろうか。

 まあ、そいつらについては後でダンジョン管理人に報告するとして。問題は一人になった葛西さんをどう地上まで連れていくかだが、最下層のここからならいっそのこと……。

「とりあえず、まずは移動するか。ついてきてくれ」

「えっ? は、はい!」

 葛西さんは恐る恐るといった風に、俺の一歩後ろをついてくるのだった。


 数分後。俺たちの目の前には巨大な扉――ボス部屋が存在していた。

 触れても開かないところを見るに、どうやら中で誰かがボスと戦っているようだ。

 葛西さんはまさかボス部屋に連れていかれるとは思っていなかったのか、驚いていた。

「あの……もしかしてこれから、ボスに挑戦するんですか?」

「ああ、こうした方が手っ取り早く帰還区域まで戻れるからな。何か問題があったか?」

「い、いえ、むしろ私にとってはすごくありがたいんですけど、本当に二人でボスに挑んでも大丈夫なんでしょうか? ついさっき、大量の魔物とも戦ったばかりですし……」

 どうやら葛西さんは俺の体力面を心配してくれているみたいだ。

 それ自体は非常にありがたいが、実際のところ全く問題はない。今の俺からすれば、グレイウルフなんて相手にすらならなかったからな。

 そんなことを考えていると、前のパーティーがボスを討伐したのか、ゆっくりとボス部屋の扉が開いていく。

 それを確認した俺は、踵を返し葛西さんに背中を向ける。

 そしてボス部屋の中に歩を進めながら堂々と告げた。

「心配はいらない。いったい俺を誰だと思っている?」

「……誰、なんですか?」

「………………」

 やっべ。そういえば向こうから事情を聞くのを優先していたせいで、まだ俺の自己紹介していなかった。

「天音凛です」

「天音凛さんですね。その、知り合いに天音って方がいるので、凛さんとお呼びしてもいいですか?」

「うん」

「ありがとうございます。よかったら私のことも由衣って呼んでください!」

「うん、よろしくな由衣」

 そんなこんなで俺と由衣はボス部屋に入り、一撃でハーピーをぶっ殺した。

「おー」

 空に飛ぶハーピーを一撃で倒した俺を見て、由衣はぱちぱちと両手を叩いていた。

『ダンジョン攻略報酬 レベルが5アップしました』

 着地と同時に、脳内にシステム音が鳴り響く。これで399レベルになった。

 由衣にも同じことが起きているはずだ。そう思い彼女を見ると、笑みをこぼしていた。

「ありがとうございます、凛さん。おかげで85レベルになりました!」

「……85?」

 その数字を聞き、俺はとある疑問を抱いた。

 今レベルが85になったということは、先ほどまで由衣のレベルは80だったのだろう。80レベルはここ夢見ダンジョンに入るための最低基準だ。ただ、最低基準はあくまで最低基準であり、ダンジョン内での安全が保障されるレベルからはかけ離れている。

 夢見ダンジョンに入る場合は、最低でも100レベル以上の冒険者が多い。それ以下の者はそもそもパーティーにすら入れてもらえないだろう。だというのに、なぜ由衣が一時的にとはいえパーティーの一員として最下層までやってこられたのか気になった。

 先ほどは服装を見て魔法使いじゃないかと予想したが、もしかして由衣は……。

「もしかして、由衣はヒーラーか?」

「はい!」

「なるほど、そういうことか」

 元気いっぱいに頷く由衣を見て、俺は納得した。

 冒険者には色々なタイプが存在する。剣士、タンク、魔法使いとその種類は多岐にわたるが、その中でもヒーラーは特に珍しい。ステータス獲得時にヒーラー系のスキルを保有している者は、その時点で冒険者としての将来が約束されると言われているくらいだ。

 そのため多少レベルが低かったとしても、ヒーラーはどのパーティーからも引く手あまたなのである。

「っと、そろそろ時間か」

 そうこうしているうちに、淡い光が俺と由衣の体を包み込む。

 帰還用の転移魔法が発動する合図だ。

 素早くハーピーから魔石を取り出した直後、俺と由衣は帰還区域へと転移するのだった。

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