第一章 ダンジョン内転移の覚醒 その3

 翌日。俺は自宅から通える、かつ攻略したことのあるダンジョンの一覧を眺めながら、どのダンジョンに行くべきかを考えていた。

 レベルアップ効率だけを考えたら夕凪ダンジョンが最もいい。

 あそこなら約二時間で攻略が可能。それでいてレベルアップ報酬は5レベル。

 一日に五周するとしたら、合計で25レベルもアップする。

 ただ、一つだけ問題がある。夕凪ダンジョンはDランクダンジョンの中でも迷宮資源が豊富なため稼ぎやすく、冒険者が多い。俺もその一人だったわけだ。

 それゆえに帰還区域にも常に人が行き交っており、俺がダンジョン内転移を発動して消えるところや、一日に何度も転移魔法で帰還してくるところを見られる恐れがある。

 できればそれは避けたい。

 となると、紫音ダンジョンのように人が少ないところがいいんだが……。

 あそこは約一時間で攻略可能。それでレベルアップ報酬が1レベル。

 夕凪ダンジョンに比べれば、いくぶん効率が悪い。

 それに紫音ダンジョンの迷宮資源はほとんど稼ぎにならないし、こちらも避けたい。

「となると、ここか」

 Dランクダンジョン――【夢見ダンジョン】。

 攻略推奨レベルは120と、基本的に攻略推奨レベルが100500となっているDランクダンジョンの中では難易度が低め。ただ各階層は広く、攻略には三時間近くかかる。

 レベルアップ報酬は5レベルと、攻略にかかる時間の割には低いが、難易度から考えたら少し高めだ。加えて攻略時にはレベルアップ報酬の他に、一万円程度で売却可能な魔石ももらえる。一日に三周すればレベルが15アップし、三万円の稼ぎになる。

 さらに夢見ダンジョンの特徴として、道中に出てくる魔物から得られる経験値が少なく、ダンジョン内で得られる迷宮資源の売却価格が低いという点が挙げられる。

 普段ならば短所でしかないその特徴も、今の俺にとっては望ましいものとなり得る。

 ――つまり、冒険者にとても人気がなく、人目につきにくいのだ。

「決まりだな」

 準備を終えた後、俺は電車に乗って夢見ダンジョンに向かうのだった。


 夢見ダンジョンに辿り着くと、想像通り人気が少なかった。

 ダンジョン管理人に冒険者カードを見せた後、階段を下りて帰還区域にまで辿り着く。

 周りに人がいないことを確認した俺は、ゲートの前で立ち止まった。

 夢見ダンジョンのゲートを通るためには最低80レベルが必要だが、もちろん俺にはそんなこと関係ない。それどころか、スパンさえも。

 ダンジョン内部をイメージ。転移距離は1メートル。発動までの時間は×2の二秒。

 僅かな沈黙の後、無事にスキルは発動され、俺は夢見ダンジョンの中にいた。

「んじゃ、行くか」

 三か月ほど前に攻略した時の記憶を思い出しながら進んでいく。

 夢見ダンジョンで出現する魔物はボスを除いて三種類。

 ゴブリンとコボルト、それからグレイウルフで、後者になるほど強力になる。

 俺は短剣を片手に持ち、慎重にダンジョン内を歩いていく。

 この短剣は【夢見の短剣】といい、以前このダンジョンで入手したものだ。

 初挑戦、かつソロでボスを倒した際にのみもらえる報酬なだけあり、能力は攻撃力パラメータを+60とかなり優秀な武器だ。入手して以降、ずっと愛用している。

「っと、きたか」

 魔物の気配がした方に短剣を向ける。

 すると、灰色の毛並みが特徴的な狼型の魔物、グレイウルフが三匹姿を現した。

 息の合った連携で攻撃してくるため、なかなか厄介な魔物ではあるが……。

「……遅いな」

 グレイウルフの攻撃を躱した俺は、すぐに短剣を振るいダメージを与えていく。

 前回攻略した際はそれなりに苦労したのだが、その時に比べて俺のレベルがかなり上がっていることもあり、ほとんど相手にならなかった。

 レベルが上がり能力値が上昇するだけで、ここまで成長を実感できるのだ。

 戦う上での技量はもちろん大事だが、この世界のレベルシステムにおいては、やはりレベルを上げることこそが最も重要だと実感する。

「楽勝だったな」

 一分ほどでグレイウルフを全て討伐した俺は、再び歩を進めた。

 魔物との遭遇は極力避け、戦闘回数をできるだけ減らす。

 そしてダンジョンに入ってから約三時間後、ボス部屋に辿り着いた。

 ボス部屋に続く巨大な扉に触れると、ズズズと音を立てながら開いていく。タイミングが良かったのか、今は誰もボスと戦ってはいないようだ。

 先にボスと戦っているパーティーがいた場合、戦闘が終わるまで扉が開かれることはないからな。その待ち時間が何かと面倒だったりするのだ。

「っと。今はそれより、ボスに集中しなくちゃな」

 夢見ダンジョンのボスはハーピーという、女の顔をした半人半鳥の魔物だ。

 特徴として、こちらの眠気を誘う歌を歌ってくるが、抵抗力パラメータが高ければほとんど影響はないので気にする必要はない。

 それよりも基本的に空中を旋回し、攻撃時のみ下りてくるので、こちらから攻撃するのが難しいほうが厄介だ。前回はそのせいで討伐までにかなり時間がかかった。

 けど、今回はもっと楽に勝てるはずだ。しっかりと対策もしてきたからな。

 俺は腰元の素材袋から手のひらサイズの石を取り出す。

 これは爆石という名の、魔力を込めると爆発するマジックアイテムである。同じ爆石でも威力は大小あるが、これは比較的威力が低い方だ。一つにつき、お値段なんと二千円! マジックアイテムの中ではお手頃価格である。

「喰らえ!」

 さっそく俺は、その爆石をハーピー目掛けて投げる。

 ハーピーにぶつかると同時に、ドォン! と爆発音が辺り一帯に響いた。

「ピィィィ!」

 爆発をまともに浴びたハーピーは悲鳴を上げる。ダメージはそこまで通っていないみたいだが、追撃を嫌ってか、急降下しながら俺に攻撃を仕掛けてくる。

 この状況を作り出すことこそが俺の狙いだった。俺はタイミングを見計らって短剣を力強く突き出す。胴体を貫かれたハーピーは、断末魔の悲鳴とともに崩れ落ちていった。

『ダンジョン攻略報酬 レベルが5アップしました』

 脳内に鳴り響くシステム音を聞き、俺は拳を強く握りしめる。

「よし、一気に5レベルアップだ」

 つい先日まで、一日中ダンジョンに潜っても1レベルとして上がらない日があったことを考えれば、この成長速度が驚異的なことがよく分かるだろう。

 だが、これだけで満足するつもりはない。

「まだまだ時間はあるからな。今日は時間の許す限り、夢見ダンジョンを攻略してやる……っと、忘れるところだった」

 興奮のあまり、ハーピーの死体から魔石を回収することを忘れていた俺は、すぐに短剣を使って魔石を取り出した。ハーピーから取れる魔石は五千円程度で売却可能。攻略報酬の魔石も合わせたら計一万五千円。爆石分の出費があるとはいえ、なかなかの儲けだ。

「っと、もう時間か」

 俺の体を淡い光が包み込むのを見て、そう呟いた。転移魔法が発動する合図だ。

 その後、俺は転移魔法によって帰還区域まで戻される。

 当然だが、ここで帰ったりはしない。

「んじゃ、続けてもう一周いくとするか!」

 改めて気合を入れると、再びダンジョン内転移を発動して中に入る。

 結局その後、夢見ダンジョンをさらに二回攻略した。

 それによって、今日だけでなんと15レベルもアップするのだった。


 ―――――――――――――――

【天音 凛】

 レベル:224 SP:200

 HP:1720/1830 MP:320/410

 攻撃力:460 耐久力:330 速 度:480

 知 力:320 抵抗力:330 幸 運:320

 スキル:ダンジョン内転移LV‌10・身体強化LV3

 ―――――――――――――――


   ◇◆◇


「改めて見ても、とんでもないことになってるな……」

 帰宅後。自室で自分のステータスを眺めながら、しみじみと俺は呟いた。

 昨日の朝の時点で、俺のレベルは194しかなかった。

 それがたった二日で224になっている。

 一日につき15レベルアップ。間違いなく、過去に例を見ない成長速度だ。

「さて、そんじゃさっそく、200あるSPを何に振り分けるか決めるとするか」

 スキルの欄をタッチし詳細を見る。まずは既に保有しているスキルについてだ。


 ―――――保有スキル―――――

 ダンジョン内転移LV‌10→LV‌11(必要SP:500)

 身体強化LV3→LV4(必要SP:40)

 ―――――――――――――――


「ふむ、ダンジョン内転移をLV‌11にするには500SPも必要なのか」

 結構な量だが、必要SPが増えた分、レベルアップ時の成長も期待できるはずだ。

 とはいえ、現在のSP量ではスキルレベルを上げることは不可能なため、次に書かれている身体強化に視線を向ける。

 身体強化は攻撃力、耐久力、速度の数値を少しだけ上げてくれるスキルだ。

 接近戦を基本とする俺にとって、これらのパラメータはかなり重要。スキルレベルを上げるだけの価値はある。

 しかし、俺はあえてそれを選ばなかった。続けて新規スキル一覧を表示する。

 そこには剣術、治癒魔法、索敵といった、俺が獲得できる様々なスキルが載っていた。

 勢いよくスクロールし、目当てのスキルを見つける。

「あった。これだ」


 ―――――新規スキル―――――

 鑑定(必要SP:200)

 アイテムボックスLV1(必要SP:200)

 ―――――――――――――――


 この二つはレベル100を超えることで入手できるようになる中級スキルである。これまでも獲得自体はできたが、ダンジョン内転移のレベル上げを優先して入手しなかった。

 鑑定は、使用すれば魔物のステータスや迷宮資源の情報を確認できるようになるため、ダンジョン攻略においてかなり有用なスキルである。パーティーのうち誰か一人は保有しておくべきスキルだと言われており、ソロ攻略が基本な俺にとっては必須のスキルだ。

 そしてもう一つ、ソロ冒険者――いや、全ての冒険者にとって必須のスキルがある。それがアイテムボックスだ。

 武器やマジックアイテム、魔物の素材などを異空間に保管することができるスキルであり、これによって不測の事態に備えることも、これまで手に持つ余裕がないため諦めてきた迷宮資源を回収することもできるようになる。

 さらには、ダンジョン攻略用の装備や私服などをアイテムボックスの中に入れておくことで、有事の際には一瞬で早着替えができるという裏技も存在する。

 このご時世、戦闘用の装備に身を包んだ冒険者が町中に現れること自体は珍しいことではないが、周囲の目を引くことは確か。避けられるのならそうしたいところだ。

 とまあそんな事情から、鑑定かアイテムボックスのどちらかを獲得したいのだが……。

「どちらとも200SPが必要だから、両方は取れないのか。まあ、明日からもしばらく夢見ダンジョンに通うつもりだし、鑑定はそこまで急ぎじゃないな。よしっ、決めた」

 俺は200SPを使い、アイテムボックスLV1を入手する。

 まだスキルレベルが低いため保管できる量は少ないが、それでも十分活躍してくれるはずだ。素材袋を持ち運ばなくてよくなるだけでも嬉しいしな。

 その後、俺は華の作ってくれた夕食を美味しく頂き、明日に備えて早めに眠るのだった。

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