第一章 ダンジョン内転移の覚醒 その5

「ははっ、一時はどうなるかと思ったけど何とかなったな」

「ええ、あの子には悪いことをしたけど、あんな状況だったんだし仕方ないわよね」

「けどダンジョン管理人にはどう説明する? 五人で入ったのに四人で出てきたとなりゃ、色々と疑われそうだけど……」


 ――帰還区域に戻ってきた俺たちの耳に飛び込んできたのは、男が三人、女が一人といった四人組の話し声だった。

 この場に他の冒険者がいないのをいいことに、激しく議論を交わしている。

 そんな彼らを見て、由衣は表情をひきつらせていた。

「り、凛さん……」

「分かってる。俺の後ろにいろ」

 由衣がそんな反応を見せる理由は、俺にもすぐ分かった。

 俺は由衣の前に立ち、できるだけ彼らを視界に入れさせないように心掛ける。

 しかし、彼らはすぐ俺たちの存在に気付いた。

「お、おい、見ろよ。葛西がいるぞ」

「えっ? ……ほんとだ。でもなんで? あそこからどうやって生き延びたんだ?」

「おいバカ、他の奴がいる前でそれを口にするな!」

 男が仲間に向かってそう叫ぶと、わざとらしい笑みを浮かべてこちらに近付いてくる。

 由衣は怖がっているのか、後ろから俺の服をぎゅっと握った。

「よ、よう葛西、無事だったみたいだな。俺たち皆、お前のことを心配して――」

「近付くな」

 俺は腕をかざし、男が由衣に近付くのを防ぐ。

 それを見た男のこめかみがピクリと動いた。

「……えっと、あんた、誰?」

「俺のことなんてどうでもいいだろ。それよりも、由衣からもうお前たちが何をしたのかについては聞いた。残念だけど隠そうとしても無駄だ。今からダンジョン管理人に報告する。最低でも、冒険者資格の剥奪は免れないだろうな」

「っ、てめぇ!」

 その瞬間、男の顔色が変わった。焦燥と怒りが入り混じった表情を浮かべたかと思えば、腰元にある剣を抜いて切っ先をこちらに向ける。

「リーダー、まさか!?」

「ああ、コイツらを始末する! そうすりゃ俺たちがやったことはバレない!」

「……本気なのね?」

「当たり前だ! せっかく得たこの特権階級を、こんなところでドブに捨てるわけにはいかねぇ! お前らも早く武器を構えろ! 他の冒険者が来る前に片付けるぞ!」

 男の言葉を聞いた残る三人は顔を見合わせた後、覚悟を決めたように武器を構えた。

 どうやら、男の考えに乗ると決めてしまったようだ。

 それほどまでに冒険者資格の剥奪を避けたいんだろうが……だからといって、ここにきてさらに罪を重ねようとするコイツらの考え方は、とてもじゃないけど理解できない。

「特権階級とやらのために、そこまでするのか」

「ああ、そうだ。お前も冒険者なら分かるだろ? 俺たちはちょっとダンジョンに潜るだけで、簡単に他人より優れた力を手に入れられるし、金や名声だって得られる。この快感を知った後に、どうして他の凡人たちのもとにまで成り下がらなくちゃいけないんだ?」

「……分かった、もういい」

「ほう? 思ったより物分かりがいいじゃないか。いいぞ、頭を地につけて謝るなら、特別に命だけは助けて――」

「違う、これ以上の会話は時間の無駄だと言ったんだ。さっさと終わらせるぞ」

「なっ!? テメェ!」

 男は額に青筋を立てる。今すぐにでも襲い掛かってきそうな形相だった。

「凛さん……」

「大丈夫だ」

 由衣には俺の服から手を離してもらい、四人の前に出る。

 鑑定は人間相手に使用できないため彼らのレベルは不明だが、グレイウルフの群れ相手に逃亡を選ぶくらいだ。俺の相手にはならないだろう。

 そう判断した俺は、短剣を構えることなく素手で迎え撃つことにした。

 それを見たリーダー格の男がはっと笑う。

「はっ、こりゃまた傑作だな。まさか四人相手に素手で勝つつもりか? バカな奴だとは思っていたが、まさか正常な判断もできなくなっているとはな」

「……いや、考えが足りないのはお前らだろ」

「ああっ!?」

 冷めた声でそう言ってやると、男はキレた。

 俺は気にすることなく続ける。

「だってそうだろう? 頭に血が上っているから忘れているのかもしれないが、由衣がここにいるってことは、誰かがグレイウルフの群れを倒したってことだぞ」

「……っ!」

 目を見開く男に向けて、俺は言った。

「それを誰がやったかくらいは、さすがに理解できるよな?」

「――ッ! 黙れ! やれ、!」

「っ、ファイアボール!」

 真っ先に仕掛けてきたのは魔法使いである女冒険者だった。放たれたのは炎属性の初級魔法、ファイアボール。サッカーボール大の炎の球が勢いよく俺に迫ってくる。

 が――

「甘い」

「そんなっ!」

 軽く手を払っただけで、炎の球は明後日の方向に飛んでいった。

 その際に俺のHPが20ほど減少するが、総量に比べたら微々たるものだ。

「次はこっちの番だな」

 そう小さく呟いた後、俺は地面を強く蹴り、彼らに接近した。

「っ、りよう!」

「ああ!」

 まずはリーダー格の男を片付けようと思ったのだが、間に盾を持ったタンクが立ちはだかった。タンクを躱して奥を目指すのもいいが、後ろに由衣がいるということもあり、あまり時間はかけたくない。ここはあえて真正面から打ち破る。

 小細工なしに迫る俺を見て、タンクは嘲笑うように大声を上げた。

「ははっ、バカが! タンク相手に真正面からくるなんて、やり返してほしいと言ってるようなもんだぞ! 喰らえ、カウンター・インパクト!」

 タンクの持つ盾が青く光る。

 これは確か、与えられた衝撃をそのまま相手に跳ね返すスキル。

 衝撃の強さに応じてMPを大量に消費するかなり強力な技だ。

 だがその反面、弱点も存在する。

「はあッ!」

 全力でタンクの盾を殴打すると、青色の光は弾け、俺の拳は盾を貫いた。

「な、何が起こった!?」

「単純な力の差だ」

 発動に必要なMPが足りない場合、このスキルは不発となる。俺の攻撃力に耐えられるほどのMPをこのタンクが保有していなかった。ただそれだけの話だ。

「隙だらけだぞ」

「ぐはっ!」

 驚愕したまま立ちつくすタンクの腹部に殴打を浴びせ、意識を奪う。

 それを見たリーダー格の男が焦燥した様子で叫んだ。

「ありえねぇ、ふざけんな! なんなんだその力は! なんでお前みたいなのがこんな場所にいるんだよ!」

 そんなリアクションになるのも仕方ない。攻略推奨レベル120のダンジョンに400レベル近くある冒険者がいるなんて、普通は考えもしないだろうからな。

 だが、親切にその理由を説明してやるつもりはない。

「そろそろ終わらせよう」

「――くそッ!」

 そこからは一瞬だった。

 剣士二人が協力して斬りかかってくるも、今の俺からすれば止まっているも同然。軽いステップで攻撃を躱したのち、一人には殴打を、もう一人には回し蹴りを浴びせる。

 宙を舞ったリーダー格の男が、初撃以降戦闘に参加できていなかった女冒険者の前にどさりと落下する。それを見た彼女は「ひっ」と声を上げた。

 これで三人は気絶。俺は残る女冒険者に視線を向ける。

「まだ続けるか?」

 そう問うと、彼女は恐怖に支配されたかのような表情のまま杖を手放し、両手を上げた。カランカランと、杖が地面に落ちる音だけが空間いっぱいに広がる。

「こ、降参よ! 降参するわ!」

 高らかに降参を宣言する女冒険者。

 かくして、俺と冒険者たちの戦いはあっけなく幕を閉じるのだった。


 その後、俺は男たちの身柄をダンジョン管理人に引き渡した。

 由衣の証言や、女冒険者が素直に認めたこともあり、引き渡し自体はあっさり済んだ。

 数十分後に目覚めた男たちも全てを諦めたように自白を行っていた。

 ダンジョン管理人いわく、彼らにはかなり重い処罰が下されるとのことだった。

 その後、現場に訪れたダンジョン協会本部の者や警察の人間から事情聴取を受けること数時間。俺と由衣はようやく解放されるのだった。


 解放されたはいいものの、さすがにそこからダンジョンを周回する気にはなれなかった。そもそも由衣にはダンジョンを攻略するところを見られているし……。

 というわけで、今日は素直に帰ることにした。

 夢見ダンジョンの最寄り駅に辿り着いたタイミングで、由衣は深く頭を下げる。

「凛さん、今日は色々と助けてくださり、本当にありがとうございました。凛さんがいなければ、どうなっていたか分かりません」

「どういたしまして。今度からはしっかりと準備してからダンジョンに挑むんだぞ。パーティーメンバーの選択も慎重にな」

「はい、そうします……」

 今回の件について、自分にもある程度の落ち度はあったと理解しているのだろう。

 由衣は気恥ずかしそうに肩を落としていた。

 しかし、それも一瞬のことで、

「あっ、そうです! 凛さん、よかったら連絡先を教えてもらえませんか?」

「連絡先?」

「はい! 前々から、頼れる冒険者の知り合いがほしいなって思っていて……あ、あとあと、今回の件についても、また改めてお礼がしたいので!」

「そういうことなら」

 スマホを取り出し、お互いの連絡先を交換する。

 すると、由衣は自分のスマホを両手で大事そうに握り締め、満面の笑みを浮かべる。

「えへへ、ありがとうございます、凛さん!」

「――――」

 女性から屈託のない笑みを向けられたのなんていつ以来だろうか。

 胸が高鳴るのも許してほしいところである。

 そんな風に考えていると、駅のホームに電車がやってくる。

 帰り道は逆方向なため、ここで解散だ。

「あっ、電車が来ちゃいましたね。それじゃ凛さん、また今度です!」

「ああ、またな」

 別れの挨拶を交わし、俺は帰路についた。

「399レベルはキリが悪いな……よし!」

 その途中、紫音ダンジョンに寄った俺は一周し、レベルを400まで上げるのだった。


 ―――――――――――――――

【天音 凛】

 レベル:400 SP:510

 HP:3240/3240 MP:760/760

 攻撃力:820 耐久力:600 速 度:860

 知 力:570 抵抗力:600 幸 運:550

 スキル:ダンジョン内転移LV‌10・身体強化LVMAX・高速移動LV3・鑑定・アイテムボックスLV1

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