深夜の鬼ごっこ

千石綾子

第1話 深夜の鬼ごっこ

 夜の道を僕は走っている。


 風もなく人影もない静かな道を、延々と走っている。別に運動のためではない。運動なんてものは大嫌いだし、言ってしまえば外に出る事さえ左程好きではない。


 そんな僕が何故走っているかと言えば、僕が追われているからだ。さっきから黒い人影が、僕をずっとついてくる。


 はじめは僕もそいつも歩いていた。行く方向が同じなんだろう、くらいに思っていた。

 だが、僕が早足になると奴は同じくらいの早足で追い続ける。それがどんどんとスピードを上げて、気が付けば夜中のランニングになっているのだ。


 追いかけてくる奴の顔は月明かりの逆光で良く見えない。だが、やけに真剣で不気味な顔つきなのは何となく分かる。強盗だろうか。ストーカーだろうか。

 男に男のストーカーなんて聞いたことないけれど、逆恨みでもされていて付きまとわれているのだとしたら命だって危ない。


 僕は急に怖くなって更にスピードを上げようとしたが、ふと思い立ってやめた。このままずっと追いかけられ続けるのなら、もう少し体力を温存しておかなければならない。


 そのうち遠くにコンビニの灯りが見えてきた。ほっとしてコンビニに飛び込んだ。財布もカードもスマホも何も持っていない僕は客ではないけれど、危険が迫ったら警察くらいは呼んでくれるだろう。


「こんばんは」

 

 僕は何て言って入って行けばいいか分からずに、そんな間抜けな挨拶をして入店した。コンビニの店員は、余程暇だったようで、カウンターの中でマンガを読んでいる。熱心に読んでいるのか愛想が悪いのか、僕の挨拶は完全に無視だ。

 客ではないと察したのかもしれない。店員はマンガにずっと目を落としていて動きもしない。


「あの、すみません!」


 僕はもう一度声をかけた。それでも店員はこちらを見もしない。これは彼の助けは期待出来ない。

 怪しい黒い影が、僕を追ってくる。なのに唯一助けてくれそうなこの店員はマンガの世界に没頭している。


 男は近くまでやってきているはず。ここにいても捕まるだけだ。僕はコンビニを飛び出した。

 案の定、飛び出した時にはもうすぐそこまで男は近付いてきていた。コンビニで無駄な時間を費やしてしまった。その間にじわじわと距離を縮められている。


 次に僕は駅を目指して走った。夜中の田舎の駅前などそんなに人通りもないと思われるが、他に良い場所も思い浮かばない。

 振り返ると黒い人影は無言でぱたぱたと足音を響かせて近付いてきている。ゾクリと体が震えた。辺りは暗く、誰もいない。


 しばらく走って、駅前に着いた。駅は最終電車が終了していてシャッターが閉まっていたが、いくつかの居酒屋と駐在所の灯りが温かく灯っている。ここなら誰か助けてくれるだろう。

 しかし、駐在所には「巡回中」の文字が。僕は再び絶望を感じた。

 駐在所を出ようとする僕の前に黒い人影が居た。触れられそうなくらいに近く、咄嗟に隣の居酒屋に飛び込んだ。


 本来ならまだ高校生の僕は居酒屋に入るのはNGだ。だけど、追われているのだからそんなことを言っている場合ではない。それにこの居酒屋の店主とは顔見知りだ。流石に今度は助けてもらえるだろう。


「すいません、お邪魔します」


 声をかけるが、店主は熱心に焼き鳥を焼いていてこちらを見もしない。客のサラリーマンも話に夢中になっているのか、全く反応しない。


「男に追われているんです。助けて下さい!」


 悲痛な僕の声は彼らの耳には届いていないようだ。振り向くと、男が立っていた。居酒屋の裸電球の逆光で、やはりその表情は見えない。僕はと言えば、恐怖で固まってしまっていた。

 男が僕を捕まえた。情けなくも気が遠くなっていく。男が僕をぎゅっと抱き抱えると、そのまま目の前が真っ暗になった。


***


 賑やかなざわめきに目を開けると、そこは居酒屋だった。店主が僕の姿を見て苦い顔をする。


「なあ加藤さんちの。一人かい? あんたまだ未成年だろ。焼き鳥食べたいなら親同伴で来てくれよ」

「あっ、あの、はい。すみません」

「頼むよ。何せ隣が駐在所なんだから、色々と気を遣うんだよ」


 ああ、またやってしまった。

 しかし今日はこのくらいで済んでラッキーな方だ。過去には駐在所や民家に上がり込んでいたりする事もある。


 いつからだろうか。夜になると僕の魂が体を抜け出して、勝手に彷徨うようになってしまっていた。魂はふらりふらりと漂っているが、追いかけているとそのうち走り出して、夜中の鬼ごっこになってしまうのだ。


 追いかける僕は魂がないものだから、目もあまり見えずに歩くのもやっと。本当なら走るなんてとんでもないんだけれど、魂が逃げ出さないように、動かない体に鞭打ってひたすら走り続けるのだ。


 ただこんな最悪な状態でもまだ救いがあるのは、他人からは僕の魂が見えないことだ。

 自分の魂を追いかけてる姿なんか誰かに見られたりしたら、一体何を言われるか分からない。僕は魂が入っている左胸の辺りを拳でとんとんと叩いてから、安堵のため息を漏らして帰路へ着く。


 もう走るのはたくさんだ、と僕は駅のロータリーで客待ちをしているタクシーに乗り込んだ。



                    了


(お題:走る?)

※後からお題表示したので間違っていたらごめんなさいっ

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深夜の鬼ごっこ 千石綾子 @sengoku1111

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