第2話 ●不安 ~それじゃ、アカンよ(心の声)
「ありがとう先生!驚くほど腰が軽くなったよ!」
翌日、オダワ町のある部屋中に喜びと驚愕が入り混じった声が響いた。
訪問診療によって、ギックリ腰で針治療をうけていた男性は、痛みが取れたことに喜びを爆発させ、小柄だが程よく筋肉のついた上半身を何度も何度も左右にひねってみせる。
まるで、期待をしていなかった宝くじが当たったかのように、喜びと驚きが混じった表情を見せている。
「カーゴさん、治療したすぐ後なので、あまりすぐに勢いよく動かさないでくださいね。」
先生と呼ばれた青年は、若干の笑みを含みながら淡々と念を押す。
だが、治療を受けた男性は、腰の痛みが取れたことがよほどうれしかったのか、そんな言葉にはまったく耳をかさず、体を動かしながら言葉をつづける。
「明日、大事な商談で王都まで行かなきゃいけなかったから、本当に助かりましたよ。」
治療を受けた男性、カーゴは、この町で一番繁盛している商店を経営している。
明日、この町から約1日の道のりの王都に商談のため行かなければいけなかったのだが、ギックリ腰を発症したため、困り果てていた。
そんなとき、藁にもすがる思いで、医師である青年に訪問診療を依頼し、自分の店に呼び寄せた。
「しっかし、こんな針で痛みが取れるなんて不思議なもんだよなー」
ひととおり体を動かして落ち着いたのか、治療をうけたカーゴは少し前まで彼の体に刺さっていた、長さ15cmほど、髪の毛ほどの細さの針を見て、不思議そうに言った。
「治療の仕組みは、実はよくはわかっていないんですが、針がツボを刺激して痛みをとったりとか、筋膜に作用して動きをよくしたり、とか言われています。人の体はまだまだ未知数です」
治療を施した青年、ノワールはカーゴに対して、少し自虐的な笑みを浮かべながら、そのように説明した。
「へー、そーなんだー。不思議なもんだよなー。でも、先生、こんなに腕がいいなら、もっと町の中心部に診療所構えたらどうなんですか?もっと儲かるでしょ?なんなら私が良い物件見つけましょうか?」
商売人の視点からしたらもっともな意見である。また、お金がからむ話をさらっとするところも、さすが商売人というところか。
だが、ノワールはやんわりとことわりの言葉を入れる。
「ご厚意には感謝します。でもわたしは細々とやっていきたいんで。」
「そうですか、先生の腕なら今の10倍いやうまくすれば100倍は稼げますよ!」
「いや、お金の問題ではないので。」
食い下がるカーゴに対して、ノワールは再び断りを入れる。
「先生と私が組めば、それ以上に稼げるかも!」
「そーゆーのはどうでもいいので、わたしはこれで失礼します。お大事に♪」
しつこいカーゴに対して、ノワールは笑みを浮かべ、丁寧言葉に若干語気を強め、帰る意思を明確にした。
「カーゴさん、くれぐれも無理はしないでくださいね。再発する可能性もありますから」
「そうしたら、また先生を呼びますよ。」
念を押したノワールの言葉に、カーゴは少し悪戯っぽく返答し、出口まで見送った。
「社長、騎士団長がいらしていますけど。」
カーゴの店の従業員の別の部屋から顔をだし、社長であるカーゴに来客がある旨を告げた。
「騎士団長?」
ノワールのつぶやきを察し、
「ええ、最近王都に行く道で、盗賊団に襲われることが頻発しているので、騎士団に警備を依頼したんですよ。その打ち合わせですね。」
カーゴの説明に対して、ノワールはすぐに察した。
通常、一商人の警備は私兵を雇うことが一般的であり、騎士団を警備につけるということは聞いたことがない。
騎士団は王都に属しており、王都の警備を主に行っている。こんな辺鄙な町にくること自体が珍しい。
だが、最近、盗賊団被害が増えており、討伐に騎士団が参加しているにも関わらず、いまだに盗賊団を捕まえきれていない。
なので、警護の範囲を広げて、なるべく早く盗賊団を討伐したい、というところだろう。
事実、この町の商人たちも被害にあっており、金品が奪われるだけではなく、死者も出ている。
「実は、この盗賊団がなかなか捕まえることができなくて、騎士団も手を焼いているみたいなんですよ。で、今ちょうど騎士団の一部隊がこちらの町に来てくれていて、もし遭遇した時に捕まえられれば、ということで騎士団の方を数名警備につけてくれる、とのことなんですよ。」
カーゴは聞いていないのに、ノワールのつぶやきに勝手に答えてくれた。
まさにノワールの推測どおりだった。
王都やその周辺の町は、頻繁に交易をし、経済が成り立っている。
その交易に影響があれば、国全体に影響がでるものであり、見過ごせないのはもっともなことだ。
周辺の町から不満がでれば、政治的な安定にも影響が出てくる。
騎士団も何度も討伐に加わっているがいまだに捕まっていない、ということは、相当腕の立つ盗賊団の可能性もある。
その討伐ができない騎士団が護衛についても、という不安はあったが、
「騎士団が警備につけば心強いですね。」
あたりさわりのない返答をし、軽く会釈をしてノワールはカーゴの店を後にしようとした。
ノワールが店の出口に差し掛かった時、気になる会話が入ってきた。
「カーゴさん、警護は2人でもいいですかね?一人でも十分だと思うんですが。盗賊団は4~5名と聞いていますから。」
騎士団長と思われる男性の声が聞こえた。カーゴと警護の打ち合わせを始めたらしい。
情報が駄々洩れである。店の奥の部屋で話しているだろう声が、入り口まで聞こえてくる。
(警護が2人?何言っているんだ?足りないだろ。十分じゃないだろ。)
ノワールは彼に直接関係のないことにはかかわらないようにすることを信条としているのだが、その声に思わず足を止め、騎士団長の言葉に反射的に心の中で思ってしまった。
「騎士団長がそうおっしゃるなら、それでいいかとは思うのですが。」
(カーゴさん、そこで同意しちゃだめだよ。)
「警護が2人いれば、どんな襲撃にも耐えられるはずですから。」
(は?この騎士団長何言っているんだ?カーゴさんのほかに、御者の方も守るなら、3人いや4人はいた方がいいだろう。)
「それは心強い。」
(心強くない!殺られるよ、カーゴさん!最低でも護衛は4名は欲しいよ!1人がカーゴさん守って、もう1人が御者さん守って、あと2人が盗賊団を相手して。)
「私の部下は優秀ですから。」
(その優秀な部下たちが捕らえられない盗賊団なんだろ!どこから出てくるんだその自信は!)
(指摘したい!指摘したい!指摘したい!)
カーゴと騎士団長の会話を立ち聞きしながら、眉間にしわを寄せ、苦悶の表情を浮かべながら、ノワールは心の中で、ツッコミを入れていたが、ここで会話に入っても失礼だし、意見を聞いてもらえるわけもなく、かつ怪しまれることが間違いないので、
(どーでもいい。)
と自分を無理やり納得させる一言をつぶやき、店を後にした。後ろ髪をひかれる思いをしながらだが。
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