お節介な【稀能者】は針を打つ ~黒ずくめの不審者は、陰ながら今日も人助け~
まゆずみかをる
第1話 ●序章 ~ハイ、不審者です
王都カナガから馬車で一日ほど離れた、小さな町、オダワ町での出来事。
その町の平屋の一室にあるベッドで、ひとりの男性が横たわっていた。
名はダイナー。この町で食堂を経営している。
普段は快活で、大柄で豪快な店主で、荒っぽいが、面倒見のいい性格から町の人々からも愛されている存在だ。
だが、そんな彼が今、原因不明の病に侵されて、ここ数日全く動けずにいる。
今まで、子供のころから病気らしい病気は全くしたことがなく、見た目は筋骨隆々で、健康だけが取り柄であり、大概のことならば、一晩寝れば回復していた。
だが、今回は違った。何日たっても一向に熱はひかず、体調は悪化するばかりであり、今はベッドから起き上がることもできない。
医者にも診てもらったが、原因不明のため、対処のしようがない、と言われた。
「おれ、死ぬのかな?」
ダイナーはふと頭に浮かんだ質問を口にした。自分に問いかけたのだが、答えが出るわけでもない。
だが、そのダイナーの質問は的を射ており、このままの状態であれば、明日には確実に死ぬことになる。
「死にたくない…。」
ダイナーは、全く変化のない木の天上を見つめながら、真情を吐露した。
「こんばんは」
突然、ダイナーの目の前に、顔の上半分を黒い仮面で覆った男の顔が飛び込んできた。
「うわ!」
ダイナーは思わず、のけぞりベッドから転げ落ちそうになった。
「あ、あんたいったい誰だ!」
全身真っ黒な衣装に身を包み、ベッドのわきに立っている男(不審者)に向かって、ダイナーは震えながら質問をした。
「通りすがりの不審者です」
「あ、そこは自分で言っちゃうんだ。で何のようだい?」
男が不審者と名乗ったことで、何の心理かよくわからないが、逆に安心したのか、ダイナーは落着きを取り戻し、話をすすめた。
「もしかして、今の「ようだい」はあなたの容態の悪化にかけていますか?」
「かけてねーよ!だからなんの用だよ!不審者!」
不審者のジト目での指摘に、思わずダイナーはツッコミをいれた。
「趣味で、死にかけている人の治療を行っています。で、ダイナーさん、あなたまもなく死にますよ。」
「聞きたいことが山ほどある言い方だが、とりあえず一番重要なところだけ聞いておこう。『趣味』ってなんだよ?」
「あ、一番重要なところってそこなんだ。趣味は趣味です♪一番重要なところって、『まもなく死にます』ではないんですね?」
「そんなこと、なんとなく察しているわ。でもなんで、そんなことが不審者さんにわかるんだ?」
ダイナーは自分の死が間近いことがなんでわかるか質問した。ある意味当然である。
「そーゆーことは、どーでもいいので」
「あ?不審者?人の家に勝手に入ってきて、『どーでもいい』はねーだろ。言えるところまで言えや。」
不審者の答えに釈然としないダイナーが、不審者の胸ぐらをつかみ、さらに問い詰める。
「うーん、わたしにはわかる、ということで勘弁してください。」
不審者はまともに質問には答えずはぐらかした。
「あんた、もしかして【稀能者】か?」
ダイナーが不審者に向けて言った【稀能者】という言葉だが、
この世界には、ほんのわずかだが、【稀能者】と呼ばれる、特殊な能力をもった人間が存在する。
その能力は様々で、能力を明らかにしているものもいれば、自身が【稀能者】であることを隠している者、さまざまである。
「ところで、ダイナーさんは、生きたいですか?」
不審者はダイナーの質問には受け答えせず、ダイナーに質問した。
直球の質問に対して、ダイナーは少し面食らったが、
「ああ、生きたいよ。」
と即答した。そして、
「もてないし、金持ちでもないし、男前でもないし、彼女もいないし、結婚もしていないし、まだやりたいことだらけだしよー。こんなところで人生終わりたくないよー。」
と、聞いてもいないことを言い出し、泣き始めた。
不審者としては、生きたいか、そうでないか、だけ聞ければよかった。死にたい人に治療を施しても、意味がないので。
「あ、そーゆー、質問以外のことは、どーでもいいので。」
【どーでもいい】、これがこの不審者の口癖だ。
「で、いくら払えばいい?」
涙で顔をグチャグチャにしたダイナーが、率直に聞いてきた。
「あ、お金はいりません。先ほども言ったように趣味なので。それにどうせお金持っていないでしょ?持っていない人から搾取するのは気が引けますし。」
「あんた、サラリと失礼なこと言うな。ああ、確かにオレは金持っていねーよ。」
不審者の毒が入った答えに対して、ダイナーはぶっきらぼうに返した。当然である。
「で、どうやって治してくれるんだ?痛いのは嫌だぞ。」
と、言った瞬間、ダイナーが白目をむいて意識を失い、ベッドに倒れこんだ。
不審者が、常人では追いきれない速さで、ダイナーの首筋に針を打ち込み、意識を失わせたのである。
「スイマセンね、これから先のことは企業秘密なので見てもらいたくないので。」
そういうと、不審者はダイナーの胸のあたりを凝視した。
不審者以外には見えないが、ダイナーの胸の心臓が位置するあたりに、ピンポン玉くらいの光体を確認した。
そのあと、不審者は長さ15cm、太さ1mmほどの全体が黒い針を取り出すと、ダイナーのその光体に軽く打ち込んだ。
すると、とたんにダイナーの顔色がよくなり、呼吸も安定し、熱も引いていった。
原因不明の病が、不審者が針を刺しただけで、一瞬にして回復したのである。
「ハイ、これで大丈夫です。おだいじに。」
はたから見たら、奇跡にも近いほどのことが起こっていたのだが、不審者は涼しい顔をして、眠っている(正確には気を失っている)ダイナーに一言告げて、その場を後にし、暗闇に消えていった。
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