6話――女子会にはおやつが必須です。
朝、まだ薄暗い中、目を覚ました。
夕べはなかなか眠れなかった。
このお屋敷でお世話になって初めて恩返しが出来た気がしたからだ。
私が作ったご飯を、みんなが美味しいと喜んで食べてくれたことが嬉しくて、興奮が冷め止まず、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかったのだ。
このままでは眠れないと思い、今後作りたいものを書き出した。
ペンとノートはポーチから出したものだ。望んだものを出してくれるポーチは女神様がこの世界に転生させてくれた時に持たせてくれたものだ。
食材だけでなく、文房具も取り出し可だったのが嬉しい。
どこまで取り出せるのか、どの程度の大きさまでなら大丈夫なのか、今後検証の余地はありそうだ。
そうしてあれもこれもと書いているうちに夜もすっかり更けてしまっていたのだった。
変な鳴き声の鳥のさえずりも聞こえないうちに起き出し、眠い目を擦って着替えを済ませ、厨房へ向かった。
そこにはすでに三人のコックさんの姿があった。
「おはようございます!」
挨拶すると、三人とも笑顔で返してくれる。
昨日の夕飯作りですっかり意気投合してしまった。
「朝のメニューは何ですか?」
聞くと、朝はいつもパンとスープ、そしてサラダとその日の朝に手に入る果物を出すという話だった。
どこの世界でも朝は軽めの食事が好まれるものらしい。
そのメニューなら出番は無いかなと、調理場の端っこを借りようと移動する。
今日はどうしても作りたいものがあったので準備をしようとポーチを取り出したとき、ルファーくんの嘆きが聞こえてきた。
「あーあ。このパン、もうちょっと何とかなりませんかねぇ」
見るとルファーくんが大きなパンの塊をスライスしているところだった。
それが何故かとても固そうなのが気になる。だんだんナイフがノコギリに見えてきた。
……パン…だよね? それ。
この世界では、この硬いパンが一般的なのだそうだ。
朝からこれを咀嚼するのは大変そうだなと思う。どんなに眠くても目が覚めてしまいそうだ。
食べてみると、案の定硬くて口の中の水分を全部奪っていく食べにくいパンだった。
食べ方を聞くと、そのまま食べるか、スープやミルクに浸けて柔らかくして食べたりするとのことだった。
それを聞いてピンときた。
「じゃぁフレンチトーストにしよう!」
そう言うと、皆の頭の上には『?』が浮いていたが、作りながら説明することにしてすぐに準備に取りかかった。
ミルクに卵と砂糖を加えてよく混ぜる。
その卵液にパンをじっくり浸し、バターを溶かした浅鍋で表面をカリっと焼き上げれば完成だ。
ライルさんにフレンチトーストを託し、ホーンさんにサラダ用のドレッシングを作ってもらうことにして、自分の作業に取り掛かる。
先程の件で、ふわふわパンも作らなければと決意した。
「でもその前に……ムフフ……」
ポーチから何やら取り出す私を見ながら、ルファーくんがせっせと果物の皮を剥いている。
「今度は何を作るんだ?」
その目は好奇心からかキラキラと輝いていた。
「女子会には欠かせない『おやつ』を作ろうと思ってね」
やっぱり頭に『?』が浮かんでいたが、さほど気にする事もなく鼻歌なんて歌いながら材料を揃えていくのだった。
朝食も、アルクさんとレンくんは気に入ってくれたようだった。
バターでこんがり焼いたフレンチトースト、ルファーくんが悶絶したお酢を使って作ったドレッシングの掛かったサラダ、皆大好きウィンナーと目玉焼きのプレートに、昨夜のポトフにミルクを入れてアレンジしたスープ。
特にハンナさんがフレンチトーストが気に入ったようで、1日おきに朝食に出すと張り切っていたのを思い出して、思わずクスクスと笑ってしまう。
「楽しそうだね」
そう言われて顔を上げると、目の前にアルクさんの優しい笑顔が、その隣には何事かと訝しげな顔のレンくんがそれぞれこちらを見ていた。
一気に顔に血がのぼり、その後に食べたご飯の味がよくわからなくなってしまった。
朝食後、厨房に戻った私はおやつを作ろうと考えていた。
バターは柔らかくしたいので、室温にしばらく置いておく。
ハンナさんやメアリと一緒にお茶をする時のために、お茶請けが必要だと強く思ったのだ。
「女子会にはやっぱり甘いものよね」
独り言を言いながら、定番のクッキーとマフィンを作ろうと材料を見るが、何かが足りない。
何だろうかと辺りを見回すと、厨房の奥の方で何かが動いた。
ん? と思い、そーっと近付く。
野菜や果物が入っているかごの中で、何かがもぞもぞと動いているのが見えた。
ネズミかと思ってドキッとしたが違うようだ。
「はね?」
そう。
私の手の平くらいの大きさのそれには半透明の羽根があるのだ。
蝶とトンボを合わせて2で割ったような羽根が。
果物のひとつを食べているのか、こちらには全然気付いていないようだ。
「何これ? 生き物?」
つい口に出してしまったその声に、羽根を持った生き物がこちらをばっと振り返る。
目が合った。ばっちり。
私も驚いたが、向こうはもっと驚いたらしく、目を見開いて果物の汁まみれの口はあんぐり開いていた。
「なんだ。もう来てたのか」
そこへ笑いながらライルさんが入ってきた。
いきなり声を掛けられて、反射的にそちらを振り返る。
「ライルさん! ここに――」
すぐに視線を戻したが、そこにはもう羽根の生えた生物はいなかった。
「どうした?」
ライルさんが側へやってきてかごを覗くが、そこにはいつも通り野菜や果物が入っているだけだ。
謎の生物の食べ掛けも残っていない。
私はどう説明するべきかもわからず、結局何でもないと言うことにして作業に戻ることにした。
そのすぐ側の窓の陰から覗く小さな視線には気が付かなかった。
ライルさんにおやつに足りない材料を相談しようと思って失敗した。
なぜなら彼は『おやつ』という存在自体知らないと言うのだ。
甘くてティータイムにお茶と一緒に楽しむものだと話したが、「ティータイムとはお茶を飲むものだろう」と笑われてしまった。
何と言うことでしょう。
この世界では、3時におやつを食べないと言うのだ!
全く信じられない!!
だったら私がそれを当たり前にしてやろうじゃないのと、逆に燃えたのだった。
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