5話――生きていく為には、胃袋をガッツリ掴みましょう。
ダイニングへ入ると、アルクさんもレンくんも既に席へついていた。
時間が経つにつれて漂ってくるいい匂いに、二人ともいてもたってもいられなかったのだという。
またひとつハードルが上がってしまった。
ディナーが次々配膳されると、二人の表情がみるみる驚きに変わっていく。
「これをえみが作ったのか?」
二人から驚きの眼差しを向けられて、「皆で一緒に作りました」と、壁際に立つ三人のコックとハンナさん、メアリに視線を移す。
早く食べたいと言う二人にどうぞと勧め、簡単に料理の説明をした。
「左側のお皿はティーギとコロンニが入ったチーズリゾットです。『チーズ』とは、私の故郷の食べ物で、動物の乳を加工したものです。いつものジャバニをアレンジさせてもらいました」
レンくんは一口食べて何度も私とお皿を交互に見ていた。
「これが? あのジャバニなのか?」
信じられないといった様子だ。
「右側のお皿は野菜とウィンナーのポトフという食べるスープです。ウィンナーは私の故郷の食べ物で、子供から大人まで人気のある食品です」
アルクさんはじっくり観察しながら噛み締めて食べている。
ウィンナーのパリっと言う音に驚き、溢れ出る肉汁と旨味に感動しているようだ。
「最後のお皿は角煮と言って、大きく角切りにしたお肉を甘辛いタレで柔らかく煮込んだものです」
「おお!」
「なんと……柔らかい……」
二人は肉にフォークを刺して驚きの声を上げた。いつも食べている硬い肉にすんなりフォークが入ったのだから無理もない。
色が黒いからか、恐る恐る口に入れる。
咀嚼し、互いに顔を見合せ、その後二人同時に私を見た。
その動作がシンクロしていて思わず笑ってしまう。
二人は角煮が気に入ったようで、おかわりまでしていた。
私も一通り説明すると、自分の席につき、食べ慣れた味を堪能したのだった。
食事を終えると、アルクさんは満足してくれたようで、アイドルスマイルを向けてくる。
「こんなに素晴らしい食事をしたのは生まれて初めてだ。えみ。礼を言う」
レンくんの表情も柔らかく、満足してくれたようだった。
私は逆に恐縮してしまう。
「そんな、私はただ自分の国の料理をしただけです。でも、喜んで貰えたのなら嬉しいです」
自分が作ったものを美味しいと食べて貰える事が、ただ嬉しかった。
私は食べることが大好きで、どうせ食べるのなら美味しいものがいいと思っているだけだ。それを誰かと共感出来るのならさらに嬉しいと思う。
「食事を楽しいと思えたのは初めてだ。…それに、なんだか体に力がみなぎるようで…不思議だな…」
レンくんは自分の両手をまじまじと見つめている。
それに関してはアルクさんも同じだったようだ。
「そうですか。私は何も感じませんが……」
至っていつも通りだ。
ただここ数日はなかった満足感で満たされているくらいだ。
ひとつ欲を言えばデザートが欲しかった。また作れたらいいなと思っていたら、
「えみさえ良ければまた作って貰えないだろうか。他の料理も食べてみたい」
アルクさんからの願ってもない申し出に、私は即答していた。
「作ります! 毎日でも! 食べたい…じゃなかった! 作りたいレシピがまだまだたくさんあるんです!」
それにはレンくんも賛成し、部屋の隅にいたコックの皆や、ハンナさん、メアリも小さく歓声をあげていた。
私の奮闘記の一頁目が刻まれた瞬間だった。
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