4話――異世界で料理は大変です。
さて、メニューが決まったところで早速調理に取り掛かる。
リゾットにはお米もどきの『ジャバニ』と玉ねぎのような『ティーギ』、コーンのような黄色くて甘くて粒々の『コロンニ』を使ったチーズリゾットにすることにした。
コンロに似た魔道具に浅型鍋を乗せたところで、バターやチーズが無いことに気が付いた。
「流石に無いか。あればもっと食生活が豊かなはずだものね」
アルカン家のお屋敷は大きい。異世界とはいえメイドも執事も何人もいるような家はそうそうないと思う。
そんな家でさえ、食事レベルが日本で一般家庭だった我が家よりも低いと思った。
と、いうことはこの世界の食事レベルがもとより低いということだ。
どうしたものかと考えていると、「落としましたよ」とメアリがポーチを拾ってくれた。
片手程の大きさのピンク色のリボンが可愛らしいごく普通のポーチだ。
こんなの持ってたかな? と、お礼を言いつつ受け取る。
何を入れていたかと中を覗いて驚いた。
まさに! まさに今!! 私が欲しいと思っていたバターとチーズが入っていたのだ。
「なんで? どうしてポーチに?」
バターやチーズなんて普通ポーチに入れて持ち歩くようなものではない。保冷機能がついたものであったとしてもだ。
それにタイミングが良すぎた。
そして、あっと気が付く。そういえば、女神様に四○元ポケットが欲しいとお願いしたことを。
まじまじとポーチを見つめる。
「四○元ポケットならぬ四○元ポーチか……」
そして一人ほくそ笑むのだった。
ハンナさんにメアリ、コックの三人は、バターもチーズも見るのは初めてらしく、珍しそうに眺めていた。
バターは例の黄色い箱に入っており、銀の紙で包まれいるし、チーズはプラスチックの袋に入っているのだから当然だ。
味見していいと伝えると、恐る恐るといった様子でバターを口に含んでいく。
油なので少量にしてもらい皆の反応を伺うと、口に広がる風味が好評だった。
チーズはリゾットに使うため、細かく刻まれたシュレッドチーズだったが、コクがあって美味しいと大好評だった。
コック長のライルさんにリゾット用の野菜を刻むようお願いすると、大鍋を出してスープの準備を始める。
野菜スープは、少し大きめにカットした野菜とウィンナーを入れて『ポトフ』にしようと思っていた。
ウィンナーはもちろんポーチから取り出す。
日本では老若男女関係なく人気のあったウィンナーだが、こちらの世界でもそれは変わらないようだった。
試食と称して半分以上消えていったので、苦笑しながらもう一袋取り出すはめになった。
ポトフの野菜の下処理を一番若いコックのルファーくんに頼んだところで、リゾット担当のライルさんから声が掛かった。
刻み終わった野菜をバターを溶かした浅型鍋に入れ、少し炒める。
半ば火が通ったところへ、生のままのジャバニを加えた。ジャバニを炒めるということに皆が驚いていたが、半透明になったら水を入れて煮るのだと説明すると、驚きながらも理解してくれた。
水を加えてコンソメスープの素を入れ、蓋をしてしばし煮る。
キッチンタイマーで時間を二〇分にセットすると、後は待つだけだ。
最後に塩こしょうとチーズで味を整えれば完成だ。
もちろんコンソメもキッチンタイマーもポーチから出した物だ。
キッチンタイマーはハンナさんが気に入ったようなので、あげる事にした。
最後の一品の『豚の角煮』を作ろうと、ハンナさんとホーンさんと三人で肉をカットしていると、ルファーくんがあろうことかポトフ鍋の野菜の煮汁を捨てようとしている。
「だっだめ―――」
慌てて止めて理由を訊ねると、一般的なスープの作り方がそうなのだと教えられた。
なんと、旨味がたくさん染みでた『出汁』を捨てて、新たに湯を入れスープを作っていたと言うのだ!
道理で味がしないわけだと納得した。
とにかく、今日は捨てずにこのまま進めて欲しいと伝え、私は角煮の作業へ戻る。
肉と生姜のような『ジンギー』、ネギらしき『シュプス』をぶつ切りにしておく。
お肉は下茹でして臭みを取った。
しょう油や砂糖で煮汁を作り、肉とぶつ切り野菜を加える。
私はそこヘお酢を加えた。そうすることで、短時間で柔らかく煮ることが出来るのだ。祖母から教えて貰ったことだ。
お酢の匂いをモロに嗅いでむせかえっているルファーくんを笑いつつ、私は故郷を思い出していた。
突然死んでしまって、お母さんもおばあちゃんもきっと悲しんでいるだろうな。こちらの世界で元気に過ごせているが、それを伝える術はない。親孝行してあげられなかった事が心残りだった。
もう会えないと思うと寂しいし、悲しい。
ただ、ひとりぼっちではなかった。
こちらの世界で美味しいご飯を広めて精一杯頑張ろうと、皆の姿を眺めながら思うのであった。
リゾットが完成し、コンソメが入ったポトフの火も落とすと、厨房はすっかりいい匂いが充満している。いつも嗅ぐことのない香りに皆の期待値も上がっているようだ。
食べ慣れているはずの料理を作るのも、こんなに大変なのだと知った。調味料の少ないこの世界に比べて、日本は恵まれていたのだなと痛感した。
角煮がそろそろいい頃かなというところで、珍しくレンくんが姿を見せた。
「なんかいい匂いがする」
そう言って入ってこようとするのを阻止した。
「もう出来ますから、待っていてくださいね」
追い出すと、皆で手分けして出来上がった料理を盛り付けていく。
完成したメニューは、私の目には統一性が無く、チグハグなものだったが、ハンナさんやメアリは目を輝かせている。
いつもとっても薄味な人達の口に合うよう、極力優しい味付けにしたが、果たして気に入ってもらえるだろうか。
今更ながら不安になった。
思えば家族以外に食事を作るなんて初めてのことだ。
ドキドキと音を立てる心臓におおいなる不安を抱きながら、私は運ばれていくお皿の後を追った。
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