7話――私、霊感は全くありませんが。
バターが柔らかくなるのを待つ間、気分転換とヒント探しを兼ねて、アルカン家の広い庭を散歩させてもらうことにした。
そこには様々な色や形の花が咲き、良い匂いが充満している。
右に左に視線を向けながら、ゆっくりゆっくり歩いて回った。
庭の中央には屋根がついた鳥かごを思わせるガゼボがあり、綺麗な庭を眺めながらお茶やおしゃべりを楽しんだりして過ごせそうだ。
ここでおやつを食べながらお茶が出来たら素敵だろうなと想像してみる。
やっぱりクッキーにはナッツかなぁと考えながら、何の気なしに視線を上げると、花から花へふよふよと飛び交っているものがあることに気付く。
「ん?」
すぐ虫では無いとわかった。
虫にしてはデカい。こんなデカい虫がいてたまるかという願望が主だ。
そして飛びかたがおかしい。
さらに一匹二匹ではない。沢山いるのだ。
見えたと思ったら消えたり、消えたと思ったら現れたり、とにかく動きが普通じゃない。
だんだん見てはいけないもののような気がして怖くなってきた。
ここが昔は大きな墓地だったとか言われたらもうどうしよう。
背筋が凍りつく。
もう帰ろうとそう思った矢先。
「おい」
いきなり肩を捕まれて恐怖がピークに達した。
声にならない声をあげて、一瞬で目の前が真っ暗になった。
そよそよと吹いている風に髪が舞ったのだろうか。頬や額にさわさわと不快感を覚えて瞼を開けた。
「あれ……?」
目の前には色鮮やかに咲く花が広がっていた。ここは、庭だ。
「起きたか?」
上から降ってくる声に驚いて見上げると、若冠不機嫌そうなレンくんの顔があった。
慌てて飛び起きた。
「レンくん、どうしてここに?」
ポカンと見つめていると、彼が小さく溜め息をついた。
「声掛けたらいきなり倒れるから、ここで起きるの待ってた」
「うそ!?」
うそじゃないというレンくんの視線を追うと、彼の上着の裾が一部しわしわになっている。どうやら私がしっかりと握りしめ、離さなかったようだ。
「ご迷惑をお掛けしました」
別にいいとぶっきらぼうに言われて、ますます落ち込んでしまう。
無理もないが、なんかちょっと嫌われているのかもしれない。
「で? 何してたんだ? あんなところに突っ立って」
「何って、散歩してて……」
順を追って記憶を辿っていって思い出した。
見てはいけないものの存在を。
無意識に身を乗り出していた。
「見たの!! 私!! 幽霊見たの!!」
レンくんは驚いた顔で「はぁ?」と首をかしげている。
「ホントなの! 私霊感なんてひとっつも無いのに見えたの! こう、花と花の間をふよふよ~って飛んで、出たり消えたりするの! 厨房にも! 厨房にもいて、果物食べてたの!!」
身振り手振りを交えて、懸命に説明する。
レンくんは再び小さく溜め息をついている。
「それ、幽霊じゃなくて精霊だろう?」
「へ?」
「幽霊は果物食べないと思うぞ」
「あぁ、そっか。…そうかもね」
「えみは精霊が見えるんだな」
「霊感無いのに?」
レンくんがははっと声を出して笑った。
「霊感は関係ないだろ」
レンくんが笑った。
初めてみた。
こんな風に声を出して笑ったりするんだな。
私がじっと見ていたのが気まずいと思ったのか、すぐに真顔に戻った。
「精霊が見える人間は貴重なんだ。大きな魔力を秘めていることも多いしな」
「へぇ。そうなんだ。でも私は魔法は使えないよ?」
この世界には魔法が存在している。
王宮には魔法使いもいるようで、攻撃魔法や治癒魔法もちゃんとあるのだそうだ。
ただ、使いこなせる人は少なく、とても貴重なのだそう。
そして、魔法が使える人は魔力が高く、精霊の姿が見えたりするのだそうだ。
異世界に来たからには、私にも魔法が使える可能性があるはずだと、色々試してみたものの、そんな様子は微塵もない。
アルクさんには私から魔力を感じるって言われたんだけどなぁ。
「今はまだ眠っているだけで、そのうち使えるようになるのかもしれない」
「えっそうなの?」
それなら私にもファイヤーボールとか使えるかもしれない。
「まぁ、あんまり例は無いけどな」
「なんだぁ。ガッカリさせないでよ」
またレンくんが笑った。
もっと笑えばいいのに。
怖い顔より全然可愛いのに。
口にすると怒りそうな気がしたので止めた。
なんとなく意識的に感情を表に出さないようにしている気がした。もしくは出せないのか。何か理由がありそうだ。
とにかく悪い人じゃないし、嫌われている訳でも無さそうで良かった。
「そういえば、レンくんはどうして庭に?」
「え?」
一瞬狼狽えたように見えたのは、私の気のせいだったかな。
「たまたま通りかかったらえみがぼーっとしてたから声掛けただけだ」
「そっか。心配かけてごめんね」
別にと立ち上がると、レンくんは訓練があるからとお屋敷の方へ戻っていった。
花畑へと視線を向ける。
今は何も飛んでいない。でも、もう見えても平気だと思った。
「精霊かぁ。お話出来ないかなぁ」
怖さのあまり気絶したことも忘れて、私は厨房で会ったあの子のことを思い出していた。
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