空の馬

メンタル弱男

空の馬


        今は昔の話


          ○


 私は一体どこから記せば良いのだろう?思えば随分と遠い所まで来てしまった。そしてどれくらいの時間が経ったのか。この空間では社会というものが存在せず、場所や時間という概念をあまり必要としない。とは言っても私も一人の人間であるから、孤独を感じる事もある。だがこの現状は、私がこれまで数え切れないほど出くわしてきた別れ道に対して私自身が決断してきた結果でもある。私が選んだのだ。そして私にしか経験できない長い物語。。。


          ○


 さて、今までの事を思い出してみると、やはり私の人生を明確に変えていったのは二十代の時だ。あの当時はまだ世の中も不安定で、国の情勢も、国王も、みるみるうちに変わっていった。(ただ私が見てきた中で、安定した時代などあるのだろうか?と思う)私はというと、決まった仕事は無くお金も無い、なんとかその日暮らしを続けるのが精一杯だった。家はというと、ありがたい事に知人の所に居させて貰えたからなんとかなったが、やはりいつまでもお世話になる訳にはいかないので、仕事を探しては、街を歩き回っていた。

 すると、一つの貼り紙が目に留まった。


『騎兵として国に仕える者、求む』


 私が少年時代に暮らした街は、別の国の侵略によって奪われてしまったが、それまでは人や建物は決して多くなく、景色の良い長閑な所だった。そして我が家では馬を一頭飼っていた。

 この馬はアステリという名で、よく一緒に広大な草原や鬱蒼とした森の小道を駆けたものだ。そしてアステリと私は心の会話が出来た。もちろん、誰に言っても信じてもらえなかったが、街の中で誰よりも早起きのアステリと焼けるような朝日を眺めながら、色々な秘密めいた話をした。。。

 街が侵略にあった時にアステリとは離れ離れになってしまい、その後も色々な場所を探してみたが、とうとう見つからなかった。アステリはあの時どこへ行ってしまったのだろう?


 少し話が逸れてしまったが、私はこのアステリとの生活を通して乗馬が得意であった。ただそれだけの理由で、とりあえずは何かしらの仕事に就かなければと願う一心から、この貼り紙の指示の通りに国に仕える騎兵となった私であったが、その後の数多くの戦いに於ける戦果は、私を破竹の勢いで昇格させてくれた。とにかく馬を扱う事に関して誰よりも秀でていて、実戦の中で誰よりも冷静にかつ果敢に挑戦し続けた。自分で語るのも憚られるが、騎兵としての才能があったと言える。


 ひとまず自分の生活が落ち着き、騎兵としては最高の位を手にした時、城内で行われる晩餐会に招待された。街の中心にある大きな城の内部は、国内で日常のように起こっている内乱や他国との戦いを微塵も感じさせない。煌びやかに光る装飾品ばかりが目に付き、優雅な食事と丁寧に計算された会話で満たされていた。この晩餐会は国王はじめ、国の重役達が集まるもので、私はなんとも場違いのような気がして、居心地は決して良くなかった。


 そしてこの晩餐会の後である。私にとって人生で一番意味のある出会いがあった。あれは星が手に取れる程に強く輝いていた夜だ。城を出て家へ向かう道の途中ふと見上げた空に、星とは明らかに異なる一つの光が、ゆっくりと西から東へ動くのを見た。なんだろう?目を凝らしてみると、その姿に驚愕した。そしてそれは私の心を釘付けにした。


 光の正体は、空を走る馬だったのである。


          ○


 光りながら走る馬。そのまま空の彼方へ消えてしまったが、私は何故か確信していた。あれは間違いなくアステリであったと。あの姿は間違いなく、何度も言葉を交わしたアステリだ。なぜ空を駆けている?なぜ光っている?そしてなぜ私の前に現れたのだろう?


 考えれば考える程、自分の頭がまともではないような気もしてきたが、心は妙な歓喜に包まれていた。日常には満足していたが、大切なものを忘れかけていた。それを気付かせてくれたのだと思う。


 そしてその日から、私は空を走るアステリを毎晩見る事になる。この現象を見ているのは(もしくは見る事ができるのは)私だけなのだと思った。

 アステリが澄んだ黒い空を切り裂いていくその軌跡を、『再び一緒に走りたい』という祈りを込めて眺めていた。


          ○

 

 突然の出来事だった。一月で我々の国が隣国に滅ぼされたのだ。勢力を順調に拡大しつつあった矢先のことであったから、国というものがいかに脆いか、積み上げてきたものがいかに無力であるか、この時ほど痛感したことはない。

 虚無の中で、僅かながらに鼓動を続ける心のみが自分の存在を証明してくれた。崩れた城の上で一人座り、自分の内にある様々な世界を想像する。現実の世界とは一体何だろうか?


 するといつしか、あの光っているアステリが私の方へと舞い降りてくるのだった。。。


『アステリ、ずっと待っていたんだ。やっと私に気付いてくれたんだね。』


 アステリは黙ったまま頷いて、私を背中に乗せた。

『さあ、行くぞ!』

 空高く、夢のような速度で走っていく。私達の暮らしている世界はこんなにも小さいのだと感動した。そして不思議な事に(いや、今となっては当然の事だと思えるが)私自身も強く光り始めた。自分で眩しいと思える程に輝いていた。これこそが私の人生最高の転機だったのだ。


          ○


 あれからどれくらいの月日が経ったのか全くわからない。それもそのはず、あの出来事から私は夜にしか存在しない。私に昼はやって来ないのだ。だが、今でもアステリと共に夜の空を走り続けている。これは私にとって何にも代えられないほどの幸せなのだ。


 アステリと私は夜空を駆ける箒星であり続けるであろう。

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空の馬 メンタル弱男 @mizumarukun

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