第4話 「喫茶」JANEと彼女とバイク

 大学時代の僕らの溜まり場はここ喫茶「JANE」 。店名はマスターの別れた奥さんのファーストネームらしい。僕らが通い始めたのが、30年近く前だから、マスターがJANEさんと暮らしたのが相当短いか、マスターの作り話かどちらかだろう、(そういえば、もう何十年も行ってないけどマスターは元気かな?)


 僕らはツーリング帰りにいつもここでホットミルクを頼んだ。冷えた体を暖めるにはこれが1番だ。いまはもうあちらの世界に行ってしまったSR500に乗っていたバイク仲間が教えてくれた。

あったかいカップを包む彼女の指は白く細長くて綺麗だった。カップに触れる薄い唇にはピンクのルージュがひかれていた。それ以外はごく薄化粧だったが、彼女はそれで十分魅力的だった。


 マスターは特にバイク好きではなかったが、何故かここにはバイク乗りが集まった。マスターはその気取らない人柄で、みんなの兄貴のような存在だった。

千里はこの店に集まるバイカーの憧れの的で、僕はいつも彼女の横にいることで大いなる優越感に浸ることが出来た。

女性ライダーは他にもいたが、白に赤いストライプの入った革のライディングスーツに身を包み、ヘルメットから長く艶のある髪をなびかせる彼女の格好良さはダントツだった。


 彼女はバイクに乗るのが好きだった。彼女にとってバイクは母親の呪縛を吹き飛ばす武器だった。

一度彼女に古い写真を見せてもらったことがあった。そこには、古めかしいバイクのタンクに座った女の子が写っていた。彼女が唯一持っているお父さんと彼女が写った写真だった。


 僕のバイクに初めて乗った2ヶ月後には彼女は中型免許を取った。母親は相当強く反対したようだが、彼女は僕の行きつけのバイク屋にいって、迷うことなくそれまで貯めたバイト代でカワサキの赤のZ400GPを買った。それと学校の通学用に赤いスクーターも買った。


 それからは長い休みのたびに一緒にツーリングに出かけた。彼女とのツーリングはもちろん楽しかったが、二人でツーリングを計画するのも同じくらい楽しかった。あーでもない、こーでもないと意見を言い合い、それを地図に旅の行程と一緒に書き込んだ。だから、いつも地図はカラフルでごちゃごちゃで、書き込みも何だかよくわからなくなる。


 旅は計画通りにいかないことも少なくない。

四国をツーリングした際、徳島県のある峠で突然僕のバイクがトラブルで動かなくなった。周りには人家も車の通りもなく、日も暮れてしまった。

彼女だけでも街まで下りて宿に泊まり、明日バイク屋に修理に来るように頼んでくれと言ったが、彼女はここで一緒に野宿すると言い張った。こうなると彼女は頑なで絶対自分の意見を曲げない。結局彼女は一言も文句や愚痴を言うこともなく、一緒に小さなテントに泊まって朝を迎えた。


 秋に岡山県の蒜山高原に行ったことがある。鳥取県から岡山県に抜けるところにある高原で秋に紅葉がとても素敵なところだ、この時、鳥取県側の上り坂の途中で彼女のバイクのエンジンの調子が悪くなった。鳥取県側に引き返そうかとしたが、面白いから一晩ここで夜を明かそうと彼女が言った。


不運にもこの時はテントを積んでなかった。夜になると氷点下まで気温が下がる。僕たちは焚き火で暖をとった。僕も彼女も焚き火が好きで、ウヰスキーをストレートでちびちび飲みながら、旅のことや将来のことで話は盛り上がった。気がつくと僕らは毛布一枚にくるまり体を寄せ合っていた。


 夏に静岡県の南伊豆にいった時は、夕方に田牛から弓ヶ浜へのハイキングコースを歩いた。コースの終わりに近づいた頃にはすっかり陽が落ちていた、弓ヶ浜の海岸手前の岩場の海で、彼女は急にロンTを脱ぎだすと、裸になって海に入って行った。夜の海に立つた彼女は月明かりの下で幻想的でただただ美しかった。

「良も早くおいでよ。気持ちいいから。早く早く。」

僕も着ている服を全て脱ぎ捨て、彼女のそばに行った。

「ね、気持ちいいでしょ。肩くらいのところまで行こうよ」とすっかり海水浴気分だ。

「夜に沖に行ったら、海で死んだ亡霊に足を引っ張られるっていう噂知ってる?」って脅した。


それを合図に二人とも“ぎゃー”と叫んで走って海から上がった。

バスタオルで体を包んで、焚き火にあたる。僕は炎に映された彼女の姿を見ていた。

気がついた時には僕らは裸で抱き合いキスをしていた。今世界が終わってもいいくらいに。彼女のためならなんでも出来ると思ったし、どんな厳しい環境にあっても彼女と一緒なら乗り越えていけると思った。


第4話完

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