第7話 親友の宮本

 宮本の実家は大学から100kmほど離れた山間部にあり、きれいな水を活かした造り酒屋を営んでいる。300年近く続くこの地の名家だ。宮本は幼い頃から、十三代目としてこの造り酒屋を継ぐものと決められてきた。

 

 大学時代、宮本は誰とも付き合わなかった。

一度、どうして女の人と付き合わないのか良は宮本に聞いてみたことがあった。千里の友達の聖子が宮本を好きだと聞いていたからだ。


 「俺は実家を継いで、地元の女性と見合いをして結婚する」

「父さんも爺さんもそうして血と家を継いできた」

「だから自分は今誰かを好きにならない」

だが、実際には彼は47歳の今も独身だ。

良には見合い相手に恵まれずなかなか結婚できないと言ってきたが、背が高く、人並み以上の容姿で、いつも明るく真面目な彼がいい相手に恵まれないはずがなかった。


 宮本は月に一度は東京に仕事で来て酒の販路の開拓をしていた。今は新型コロナウイルスの影響で飲み屋の消費量が減って販路の維持や開拓は難しいらしいが、回復した時のために地道に営業活動を続けていた。今は通販が商売の大きな割合となり、サイト運営が忙しいらしい。


 会って酒が入ると、

「お前がうちにいて、海外の販路開拓をやってくれたら、俺の会社も大きくなるんだけどな」

と口癖のようにいう

宮本は本気で言っているのかもしれないと良は思う時がある。

宮本と僕とは大学時代から馬が合う。卒業して25年経った今でも、月に一度は連絡をとり続けている。それも宮本からが圧倒的に多い。あいつは地元でうまくいってないんだろうか。


 今日も宮本から新宿の割烹「漁火」にいるからこれないかと電話があった。来週からの研修の準備が残っていたが、あとは明日に廻して夕方6時に会社を出って、「漁火」に向かった。


「漁火」は小滝橋通りを新宿駅から見て左手に入った飲み屋街にある。テーブル席が2つ、あとはカウンター十席ほどのちょっと古びた店だ。料理が美味しいのはもちろんだが、ここの大将と女将さんがいいひとで、僕はもう一五年位ここに通っている。


 「漁火」に着くと。もう宮本はビールを終え、日本酒を飲んでいた。

「すまん、遅くなった」

「いや忙しいところを呼び出して悪いな。ちょっと耳に入れたいことがあってな」


 女将さんにビールといつもyのつまみを頼んで。宮本の話を聞く体勢に入った。

「良、おまえ聖子ちゃんのこと、覚えているか」

「聖子ちゃんて、千里の短大の友達の聖子ちゃんか?」

「ああ、その聖子ちゃんだ」

「聖子ちゃんが昨日亡くなった」

僕は久しぶりに聖子ちゃんの名を聞いて。それも亡くなったという話にピンと来なかった。

「俺も、又聞きだが、自殺だったらしい」

「なんでまた自殺なんて」

「介護鬱だって」

「聖子ちゃんは脳梗塞の母親を何年も一人で介護して、その介護疲れだって話だ。彼女は一人っ子で、結婚して旦那さんを養子に迎えたらしいが、三年くらいで離婚したらしい。聖子ちゃんの母親とうまくいかなかったらしいよ」 

 

 聖子ちゃんは千里の親友だった。一緒に僕のアパートに何度も遊びに来ていた。いい子だが、自分のことはあまりしゃべらず、人の世話を焼くタイプだった。千聖とは境遇が似ていて、そういえばタイプも似ていた、自分のことはさておいて、人の心配をする人だった。

きっと「しんどい、苦しい」と人に言えず、一人で抱え込んだんじゃないかと思う、千里もきっと悲嘆にくれているだろう。


 「お前、聖子ちゃんと付き合いがあったのか?」

「いや、大学を卒業してからはないよ」

「そうか。もし誰か通夜か葬儀に行くなら、香典を預けようかと思ったんだが」

「安達基子はどうだ?あいつも同級生だろ。確かあいつの家は浜町にある大きな不動産屋だったよな」

「ああ確かにそうだが、もう付き合いがないしな」

「俺もお前もあいつ苦手だろ」

「まあ、誰か知り合いが見つかったら、言ってみるよ」

僕はいつもの宮本とは違う何かを感じていた。宮本は僕の前では決して千里の話をしない。でも、今夜は千里の友達の聖子ちゃんの話をしてきた。


 「実はもう一つ話があるんだ」

「大西を覚えているか?」

「そりゃ覚えているさ。お前の相棒だもんな」

「大西は大学4年の春に誰にも言わず、大学を辞めたじゃないか。それから、全く連絡がとれないでいたが、最近辞めた理由と今どうしてるかわかったんだ」


僕はさして興味はなかったが、宮本は言いたくてしょうがない様子だった。

「大西は、子供ができたから、働いて奥さんと子供を養うために大学を退学したんだ」

「あいつ誰かと付き合っていたのか?お前知らなかったのか」

「ああ、全く知らなかった。誰だと思う?お前もよく知っいてる人物だ」

あの頃の知人を一通りを思い返してみたが。さっぱり検討がつかなかった。

「ダメだ。全くわからない」

「降参か?」

「ああ、降参だ。勿体つけずに言えよ」

「なんと、長髪先輩だよ」

僕はびっくりして、酒を吹き出しそうになった。

「長髪先輩が?麻雀に来ていたのはそういうことか。俺はお前といい仲かもしれないと思っていたが、大西か」

「俺なわけないだろ」

「今どうしているんだ_」

「大西の実家がある岡山市に住んでいて、トヨタのディーラーで営業所長やってるらしい」

「長髪先輩は、高校の社会科の先生をしてるそうだ」


「長髪先輩は綺麗だったよな。癒し系で。大西が惚れたのはわかるような気がするな」

「俺はバツイチだし、お前はまだ一人もんだし、大学を卒業しなかったからって、幸せに何も関係ないよな」


「要は、幸せに一生懸命になれるかだ」なんだかこう言って、「自分は幸せに一生懸命に向かい合ったか?」

自分に問いたくなった。

僕は千里を手放した。一生懸命に向かい合った結果か?


 大西は真っ直ぐなやつだった。長髪先輩もそれを包みこむ大きさと暖かさがある人だった。僕には彼らが持つそんな才能が欠けていたのかもしれない。


 「宮本。お前そんなことを言うために俺を呼んだのか?」

「ああそうだよ」

「まあ懐かしかったが、他に何か言いたいことがあったんじゃないのか?」

宮本は少し間をとって、

「・・・ない」

と自分に言い聞かせるように一言行った。

僕は大西と長髪先輩に会いたくなった。彼らの幸せな姿をみて、自分を傷つけたかった。


 宮本は8時になってもまだ呑み足りなさたりなさそうだった。仕方ないので、僕のマンションに連れて行き、そこで大学時代の共通の友人の近況を話したり、昔話を酒の肴にして朝方まで酒を飲んだ。


 僕が起きた時には、もう部屋のどこにも宮本の姿はなかった。朝早い新幹線で帰ると言っていたので、寝ずに帰って行ったのだろう。


 宮本はどうして今更聖子ちゃんの話をしたのだろう。僕が千里のことを思い出すのはわかっているだろうに。これまで、そんなことはなかった。何かが引っかかるが、今の僕には昔の苦々しい思い出にしか過ぎなかった。


第7話完

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